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ぬいぐるみを持った女の子が可愛いのは常識だが、 SOS団の女子団員にそれをやらせると絵になるどころの騒ぎではない。 何の話かというと、俺達はさきほどまで ゲームセンターでUFOキャッチャーをやっていたのである。 女子団員3人は大きな可愛い 白いアザラシのぬいぐるみが入ったUFOキャッチャーにチャレンジしたのだ。 長門は言うまでもなく一回目で完璧に獲物をとらえ、 朝比奈さんは不器用ながらも5回目で成功し、 ハルヒはと言うと、意外にも10回目にやっと成功した。 そして今帰り道なのだが、 三人ともおそろいのぬいぐるみを抱き締めて談笑している。 長門は器用に読書もしているがな。 しかしあれだ、微笑ましいとはこのことだ、なぁ古泉? 「そうですね、美少女達が可愛らしいぬいぐるみを抱えているというのは 実に素晴らしい光景です。 特に涼宮さんはいつもとのギャップに心惹かれてしまいます。」 うむ。まさにその通りだ。長門や朝比奈さんも可愛いが、 ハルヒは特別に可愛い。 大きなもこもこしたぬいぐるみに時折顔を埋める姿を見ると抱き締めたくなる。 ふと横を見ると古泉がこちらを見てニヤニヤしていた。何だよ気色悪い。 「ふふっ、失礼。涼宮さんに見惚れているばかりでは進歩しませんよ?」 何が言いたい。 「おわかりでしょう。後ろから抱き締めてアイラブユーと囁くのですよ」 ったく、またそれか。悪いが俺にそんなことする余裕はないね。 「そうですか。では僕がお手伝いしましょう」 と言うと古泉はあろうことか前を歩くハルヒを呼び止めた。 古泉、おまえは地獄行きだ。 「なに?古泉くん」 「彼が涼宮さんにお話があるそうです」 と言って古泉は俺にウィンクして長門達の方に向かった。 まったく、どこまでもキザな野郎だ。 「話ってなによキョン」 そう言ってハルヒは抱き締めているぬいぐるみの上に 顔をのせて小首を傾げて上目遣いで俺を見つめた。 すまん、それ反則だ。 「いや、そのだな……」 言葉がでない。 「なによ」 「そのぬいぐるみ可愛いな」 あー、俺はバカだ。チキンとでも何とでも言うがいいさ。 「それだけ?」 ハルヒが不満そうに言う。 「いや…まだある」 「なによ」 俺の頭はもはやなぜだかパンク寸前だ。勇気をだせ俺! 「その…お、おまえはもっと可愛い」 誰か俺を狙撃しろ。真っ赤な顔を血でごまかそうじゃないか。 「…………」 ハルヒは相変わらずの上目遣いで俺を見つめていた。恥ずかしくて目をそらそうとした時、 「キョン」 「な、なんだ?」 上ずった声を出す俺の情けなさには谷口もびっくりだろう。 「あたし、あんたのこと待ってるから」 そう言うとハルヒは長門達の方へ走っていった。 入れ替わりにこっちに戻ってきた古泉は普段より20% 増量のニヤケ面を俺に向けた。 「余計なことしてくれたなこの野郎」 「ふふっ、で、どうでしたか?」 「おまえの言ってたことを実行する日は近いかもな」 そうですか、と古泉は嬉しそうに言った。 ハルヒ、ありがとう。俺は決心したさ。もう曖昧になどしない。 前を歩くぬいぐるみを抱き締めたハルヒの笑顔は夕日に照らされていた。 待たせるのはもうやめよう……… FIN.
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わたしは涼宮ハルヒが苦手だ わたしは涼宮ハルヒが苦手だ 「そりゃあ、あの女が苦手じゃない人なんていませんよ」 と、今にも鏡に映ったわたしが言いそうな今日この頃。 そんなわたしは今、新体操部で、リボン回しの練習をしている。 わたしがこんなにも涼宮ハルヒに苦手意識するようになったのは、あの新体操部に入部したばかりのときに遡る。 その日はわたしが新体操部に入部した初日であった。 わたしは昔からバトンを習っていたし、運動神経もそれなりにあるので、こんなの楽勝だと思っていた。 だけど、これが意外とむずかしい。 リボンは思ったように動いてくれないし、ボールは腕をスーと通ってくれないし。 で、そのころはまだ仮入部してくる人も多く、その中にあの奇人変人で有名な、わたしと同じクラスの女の子もいた。 涼宮ハルヒ 話によると、いろんな部活に仮入部してるらしいので、ここもその一つなんだろう。 多分、この部活も今日1日だけ。 で、涼宮ハルヒは先ほどからわたしの顔をジロジロ見てくる。 何?わたしの顔に何かついてるって言うの? 一応、触ってみたけど、何もついていない。 それを見た涼宮ハルヒは少し笑った。 無愛想なのに笑うな!なんだっていうのあんた! で、仮入部だから、とりあえず基本を覚えさせるところから始まるんだけど。 なぜか・・・そう、なぜか・・・ 「柳本さん、あなた確かずっとバトン習ってたのよね?じゃあ、この子に教えてあげて、同じクラスの子でしょ?」 と、先輩に言われてしまった。仮入部に来た人数が多くて他の子を見なきゃいけないという理由で。 先輩、わたし今日、初日ですよ・・・ でも、習ってたのは事実。てきとうに教えてあげよう。 ただ、本格的に涼宮ハルヒを苦手になったのは、この後の出来事だが、このときも少しは苦手だった。 だって、人と話をするのが苦手らしいし、話されたら無視を貫き通す性格だ。 「何やってんのよ。早く教えなさいよ」 言われなくたっても、教えるわよ。 まずは基本、バトンを右手に持ってくるくるくるくる。 おっ!なかなかやるわね。 まあ、これぐらいは初心者でもできる人はできるけど、これはどうかしら。 エーリアル(空中にバトンを上げる操法) あっ!わたしが失敗しちゃった。 「何これ?簡単じゃない。あんた、本当に習ってたの?」 ・・・・ こ、これぐらいは初心者でも運がよければできるわ。 エンジェルロール(腕の部位だけを使ってバトンをまわす操法) よし、今度はわたしも成功した。これは、初心者にはできない技よ。 「・・・さっきより簡単なの教えてどうすんのよ」 何ですと! そんな・・・わたしでもこの技習得するのにかなり長い時間かかったのよ。 じゃあ、これはどう? コンタクトマテリアル(とにかく何度もまわすのよ) わたしのやり方が早くて分からないかしら? って、できてるーーー!! もっと早くまわしてやるーーー って、そっちも早くするのーーー!! いててていててて、指が痛い、腕が痛い。 で、結局、それをわたしは10分間しかできなく、涼宮ハルヒは15分ぐらい続けて、自分からやめた。 「もっとむずかしいのないんですか?」 それを覚えるために、わたしはこの部に入部したのよ! で、その後は、 「あたしやっぱりやめます」 と、言ってくれた。 すぐにやめてください。あなたとはもう関わりたくありません。 で、最後に全く関係ないことをわたしに言ってきた。 「あんたの前髪、変だね」 ・・・・・・ もう、何も言わないで。 それから、わたしはできるだけ涼宮ハルヒに近づかないでいようと心がけているのだけど、 なぜか、そうすればそうするほど、涼宮ハルヒがこっちを見てくるような気がする・・・ 嫌がらせ? わたしは、あんたの好む宇宙人でも未来人でも異世界人でも超能力者でもないわよー。 終わり
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『2年前、あの光の巨人が暴れたとき、初めて機関という存在を僕は知った。テレビ演説で華々しく公表された超能力者を 有する組織。多分、これが平和な日常の中だったら誰も信じず、ただのオカルト話として笑いのネタにされていただけだと思う。 だけど、あんな大惨事の後だったから、みんな簡単に信じてしまった。その存在と目的、そして、惨劇の原因について』 朝倉撃退後の夜、俺は機関の連中や谷口の目を盗んで、国木田のノートを読んでいた。どうやら、ここに来る前までに 書いていたものらしい。内容はぱっと見では日記帳のように見えたが、よくよく読んでみると回想録のようなものだった。 個人的な思い出を語るものだったら、プライバシーの侵害になるからあわてて閉じるつもりだったが、 その内容は興味深い――それどころか俺の猜疑心をえらく揺さぶるものだった。 特に、一番最初のページにあわてて付け加えられたように書かれていた文。 『キョン、僕の身に何かあった事を考えてこのノートを託すよ。でも、このノートの内容は機関に属する人間には決して 見せないこと。もし見せればキョンの命の関わるからね。機関を信じないで』 訳がわからなかった。国木田の奴、人の荷物に何でこんなものを仕込んでいたんだ? 大体、命に関わるって…… 俺は近くで新川さんと談笑する古泉の姿を横目で見る。二人とも明日の移動ルートについてでも話しているのだろう。 ほどなくして、森さんと多丸兄弟が見回りから帰還し、その環に入る。確かにプロフェッショナルな雰囲気を醸し出す彼らだったが 今までふれあってきた限り危険視しなければならないような人たちには見えない。対朝倉戦では、 これ以上ないほどに俺を守ってくれたしな。 まあ、そんなことを言っても国木田ノートの内容の続きが気になるので、こっそりと読み続けることにする。 『……この日、僕は難民キャンプへと移送された。家に帰ろうにも、すでにそこは閉鎖空間に飲み込まれているらしい。 やむえず、遠く離れたところで仮設住宅暮らしをすることになった。幸い、友人たちも多くいたから、寂しくはなかったけど。 そんな生活が続いて半年ぐらい経った後、機関の人間たちがやってきた。用件は僕をスカウトしたいらしい。 最初は新手の詐欺か何かと思ったよ。だって僕に超能力があるとは思えなかったし、特化したものも大して無かった。 そんな僕をどうして? と思ったけどどうやらキョンがらみの話らしい』 ――俺はついノートの内容に没頭していることに気がつき、あわてて周囲を見渡す。幸い、機関組はまだ話し合いを続けていた。 ほっと胸をなで下ろして、次のページを開く。 『どうやら機関はキョンが目覚めた後、閉鎖空間の中心に攻勢を仕掛けるつもりみたいだった。この時点でキョンは半年以上 眠ったままだったのに、気が早すぎるんじゃないかと思ったんだけど、なぜか彼らはいずれキョンが目覚めることを 確信しているみたいだった』 確信? 古泉はありとあらゆる手段を行使したが、俺を目覚めさせることができなかったと言っていたんだが。 それともその内目覚めるに違いないと希望的観測でもしていたのだろうか。まさか、俺の目覚める時間を知っていたわけが…… 俺は次のページを開き、その内容に目を疑うことになる。 『結局僕は機関に入ることになった。提示された報酬も悪くなかったし、何よりもお世辞にも良いとは言えないキャンプ生活から 家族とともに抜け出せるからね。ただ、家族とは離ればなれにされてしまった。閉鎖空間という機関の機密の中枢に 関わることになるから少しでも情報漏洩の芽は潰しておく必要があるだってさ。しかも、書かされた誓約書は物騒な文言が 並んでいて、機関の任務遂行に影響を及ぼす問題を引き起こせば、最悪極刑もあり得るとか書いてあるほどだよ。 このときはちょっと機関入りを後悔したね。その後、いろいろな訓練とか説明とかを半年ぐらい受けた後に、 ようやく僕がやるべき任務の内容を教えてもらった。複雑な説明はややこしくなるだけだから避けて、簡単に要約すると キョンが目覚めた後、機関の人たちと一緒に北高に向かうってことだった。大体、予想していたことだったけど その中で驚いたのがキョンが目覚める日時が具体的に示されていたこと。機関はずっとキョンの治療や昏睡状態の原因解明を 続けていると言っていたのに、どうしてそんなことがわかるんだろうか? 僕の頭に初めて疑念が生まれたのはこの日だった。 キョンを眠らせているのは機関なんじゃないかって』 「何を読んでいるんですか?」 突如俺にかけられる声。目を離せない国木田ノートの内容に没頭している中での事だったので、 思わず悲鳴に近い驚きの声を上げてしまいそうになるが、ぎりぎりのところで飲み込むことができた。 俺はできるだけ冷静さを保ちつつ、 「ああ、せっかくだから体調管理とかを兼ねて日記をつけているんだ」 「なるほど。それは感心なことです。せっかくだから任務完了後に一緒に自伝でも出版しませんか? 閉鎖空間滞在日記~~それでも僕たちは諦められない~~という感じで」 「俺は自分の日記を世間に公表するほど派手な人間じゃねえよ」 そう軽く受け流して、国木田ノートをバッグの中に片づけた。 機関が俺の目覚める時間を正確に把握していた。ひょっとしていたら俺を昏睡状態にしていたのは機関なのかも知れない。 確かにこのノートの内容を機関の連中に見せるわけにはいかないな。 ◇◇◇◇ 「そうですか。あの時長門さんと再会していたんですね」 「ああ。ずいぶん久しぶりに声を聞いたよ」 「何か言っていませんでしたか? 涼宮さんの具体的な居場所や現在の状況など」 「いや……何かに追われているみたいだったぞ。すぐにどこかにいっちまった」 「そうですか……少しでも有益な情報が得られればと思ったんですが……」 古泉は残念そうな笑みを浮かべて嘆息した。 翌日の朝。俺たちは北高への移動を再開した。正直、第2第3の朝倉が出現するんじゃないかと思っていたが、 全くトラブルもなく順調に目的地との距離を縮めていっていた。このペースで歩けばあと2~3日で北高に到達できそうだが…… はっきり言って国木田ノートの続きが気になって仕方がねえ。あの後、古泉たちの目が終始俺に向けられているような気がして 結局続きを読むことができなかったせいだ。とんでもなく重要な事を見せつけられておきながら、続きが読めないでは 生殺しも良いところである。 ついそわそわしているところが身体に出てしまったのか、古泉が俺をのぞき込むように、 「どうかしましたか?」 「……何でもねえよ」 そう言ってかわした。 さて、気がついてみればもうA島の最北端に近くなり、着々と目的地に近づきつつある。 だが、あの国木田ノートを見てから俺は先に進むことに激しい抵抗を憶えるようになって来ていた。 機関は俺が目を覚ますタイミングを知っていた。いや、俺を昏睡状態にし続けていたのが機関なら 俺をいつでも目覚め指させることができる。ならどうしてそんなことをする必要がある? これから何をしようとしている? ああ、そういや俺を眠らしていたのが機関なら、そのきっかけとなった交通事故を起こしたのも連中なのか? そうなると事故から閉鎖空間の発生、そして、機関の存在を全世界へ公開し俺を目覚めさせて北高に向かうという流れは 奴らが全て仕組んだものだったのか? だったら何のために? 俺が思考をめぐらしている間に、自動車道のICが見えてきた。朝倉に襲われた場所とは違い、ここは無傷で残っている。 ここを越えればA島と本土をつなぐ連絡橋まではすぐで、橋を渡り終えてしまえば北高は目と鼻の先だ。 機関の行動の疑惑が出てきている以上、安易に先に進むわけには…… 地図を確認すると、このICはSAもあるようだ。ある程度留まれる環境はあると考えても良い。 俺は古泉の方に振り返り、できるだけ本心を悟られないように疲れた表情を浮かべて、 「古泉。ちょっと話があるんだが」 「何でしょうか。改まって」 ――ここでヘルメットを脱いで―― 「前回の朝倉との戦いで思い知ったんだよ。ここでは一瞬のミスで命を落としかねないって。 国木田がやられたのも一瞬の出来事だったしな」 「その通りです。これからはあれ以上に厳しい状況に追い込まれるでしょう。以前にこの辺りに入った偵察隊が 無傷で出てきたことは一度もありませんからね。で、何が言いたいんですか?」 ――ここで一旦躊躇するようなそぶりを見せてから―― 「言いにくい話なんだが」 「遠慮無くどうぞ」 「俺は疲れている。昨日の戦いの疲労が蓄積しているみたいで、正直歩くだけでもつらい。こんな状態でさらに危険地帯に 入ってもいいのかと思うんだ。もっときっちり疲労を取ってから進むべきじゃないかってな。幸い敵の襲撃もここじゃなさそうだ」 「正論ですね。身体が弱っている状態で敵に遭遇すれば、まともに戦うこともできずにただやられてしまうだけです。 休息も戦いの内と言えますからね。それにこの辺りまではいると無線で外側と連絡も取れなくなります。 怪我一つが致命傷になりかねません」 ――俺は古泉に軽く頭を下げて―― 「すまない。閉鎖空間に入ってからこれで3度目のわがままになっちまうんで、自分でも言いづらい話なんだが……」 「良いですよ。正直、僕も超能力を使ったおかげで結構疲労があるんです。朝倉涼子との戦いで中心的役割を果たした 森さんたちはそれ以上でしょう。ただ任務を果たすために口に出さないだけです。あなたが休息したいと言えば森さんたちも きっと喜んで賛成してくれますよ」 古泉はあっさりと俺の申し出を受け入れてくれた。だが、あまりに簡単に受け入れすぎて逆に不安を煽られた気分になる。 機関は先を急いでいないのか? それともいつでも北高に行けるということなんだろうか? いや、考えすぎだ。まだ国木田ノートの内容は全部読めていないし、大体それが事実とは限らない。 あれだけ俺のことを助けてくれた人たちだ。安易に疑うのはやめよう。 と、後方を歩いていた谷口が追いついてきて、 「なんだよぉー。またストライキか、キョン。おめーは本当に貧弱だなぁ」 「……仕方ないだろうが。あれだけの戦いを見せつけられた後じゃ、万全に万全を期したくもなる」 「まっ、そーだな。実を言うと俺もちょっと疲れ気味だからな。助かったぜ、サンキュな、キョン」 そう俺の方にぐっと親指を上げる。そう言えば、谷口はどうなのだろうか? 国木田とこいつは機関にスカウトされた 立場のはずだ。ならこいつには国木田ノートの内容を話しても良いのか? いや、待て。焦らずにとりあえずノートの続きを 確認しよう。きっと谷口についても何らかの言及があるはずだ。 やがて、前方を歩いてきた森さんたち機関組が俺のところまで戻ってきて、 「話は古泉から聞きました。100メートル先にあるSAでしばらく休息を取ることにします。新川。最大でどのくらい休める?」 「食料を考えれば三日は留まれるでしょうな」 新川さんの返答に森さんは軽く頷き、 「わかりました。では三日ここで休息し、その後に連絡橋を越えて閉鎖空間の中心部分に突入します。 恐らくこれ以降急速を取ることは困難になるでしょうから、各員しっかりと疲れを取ること」 俺は森さんの言葉に感謝の気持ちを持つように心がけた。 ――無理にでもそうしないと、疑念ばかり向けてしまうからだ。 ◇◇◇◇ SA到着後、俺はトイレと偽って機関組と谷口から目の届かない部分へ移動する。留まれるのは三日間だけ。 その間に国木田ノートを全て読み、今後どうするのかを決めなければならない。 俺は適当な林の中に入り、茂みに身を隠した後、腹の部分に押し込んでいたノートを取り出す。 『機関に入ってから僕は独自に疑惑について調査を始めることにした。でも、重要な任務を与えられているとはいえ、 立場は末端の兵士と同じようなものだったから表向きの情報しか得ることしかできなかった。 そこで、北高時代にキョンと同じSOS団にいた古泉さんに近づくことにした。最初はあまり話す機会がなくて接点を 持てなかったけど、その内一緒に訓練することも増えてきてだいぶ親しくなることができた。 プライドが高くて話しづらいような印象があったけど、話してみるとなかなかフランクな人ですぐに仲良くなれたよ』 古泉がフランクねぇ……記憶の大半がSOS団時代のもののおかげで、ニヤニヤしているイエスマンというイメージの方が 強いせいか違和感を憶えるな。 『ちょうどそのころ、谷口が機関にいることを知った。キョンの知り合いと言うことで僕がスカウトされたから ひょっとしたら谷口もそうじゃないかと思っていたけど、それが現実になっていたみたいだ。 ほどなくして予想通り僕と同じプロジェクトチームに配属されてきた。でも、相変わらずの調子ぶりで安心したよ。 機関の人たちはいまいち信用できなかったから、久しぶりに楽しく話せる相手ができて嬉しかった。 さすがに一時間ものろけ話を聞かされるとうんざりしてきたけどね』 谷口はずっとあんな調子なのか。全く国木田も苦労しただろうな。 『古泉さんとの仲をきっかけに僕はじわりじわりと機関の中枢に入り込めるようになっていった。 結構ランクの高い機密文書とかも見れるようになったし、公表されない情報も耳にはいるようになってきていたけど、 やっぱりキョンや閉鎖空間の発生にどう介入したのかまではわからなかった。 ただ僕が決して知ることのできないトップクラスの機密情報というものはやはり存在していることには気がついた。 となればやはりそこに知りたい情報があるに違いない』 ――次のページへ進んで、 『さすがに機関の最高機密だけあってなかなかそこにたどり着けなかった。色々やったよ。機関幹部の尾行はもちろん クラッキングから立ち入り禁止ゾーンへ不法侵入して文書をコピーしたりってね。 ある時は訓練名目で閉鎖空間内に入れてもらったりもした。でも、結局わからずじまい。 気がつけば、キョンが目覚める予定まで一週間になっていた。けどそんな絶望的な状況の中、ある日僕宛のEメールが届いた。 宛先は巧妙に偽装されているらしく誰が送ってきたのかはわからない。だけど、そこに添付されていた情報は 僕がずっと追い求めていたものだった』 と、ここでつい読みふけってしまっていることに気がついて時計を確認する。気がつけばトイレ使用の数倍の時間が 経過していた。これ以上、ノートを読みふければ心配した古泉たちが探しに来るかも知れない。 俺ははやる気持ちを抑えてノートを閉じた ◇◇◇◇ 俺がSAに戻ろうとしているときに、駐車場の脇で森さんと古泉が何やら話し込んでいるのに気がついた。 すぐに二人の前に出ようかと思ったが、 「彼の様子はどう?」 「昨日から少し様子がおかしいですね。朝倉涼子との一件かと思いましたが、その日の夜は特に変わったそぶりはなかったですね」 こんな二人の会話を聞いてしまうと出れなくなってしまう。まずい。やはり俺の変化を悟られているのか? 国木田ノートの一件もあるので、俺はそのまま身を潜めて二人の会話を盗み聞きすることにした。 「そう。何かきっかけになったようなものはあった? 些細なことでも教えて」 「そうですねぇ……そう言えば、昨日日記をつけていたようですが」 「日記? 以前はつけていた?」 「いえ、昨日僕も初めて気がつきましたね」 国木田ノートの話をしているのか。幸い古泉は日記だという俺の言葉を信じてくれているみたいだが、 どうやら森さんはその部分に何かを感じ取っているらしい。まずいな。余り深く追求されて、日記を見せろなんていわれれば 本当はそんなものを書いていないんだから出しようがない。荷物検査をされれば一発でノートの存在がばれるだろう。 こんなことならダミーの日記を作っておくべきだったか? ふと、俺の方に森さんの視線が向かっていることに気がついて、あわてて茂みの中に頭を引っ込める、 まずい、気がつかれたか? ここで盗み聞きをしていることまで見つかれば、余計森さんは疑惑を強めるだろう。 だが、幸いなことに森さんは俺の方に気がつかなかったらしく、古泉との会話を続ける。 「……まあ、いいでしょう。確かに全員に疲労があるのも事実だわ。特に不自然なところも見当たらない。 問題なしとして処理します」 「わかりました」 そう言うと二人はSAの建物の方に歩いていった。やれやれ。何とかばれずにすんだか。 俺は二人の姿が完全に見えなくなってからSAへ戻った。 ◇◇◇◇ SA内に戻ると、森さんたち機関一同が何やら談笑をしていた。いつもはキツイ表情で辺りを警戒しているというのに、 珍しく明るい笑顔を浮かべて何やら話し込んでいる。 一番以外なのは森さんだ。メイド姿の時は作り笑顔っぽかったし、朝比奈さんが誘拐された時は笑顔だったとはいえ、 あれは楽しさから来るものではなく、相手を脅迫する威圧のものだ。しかし、今の笑顔はまるで子供のように屈託のない笑顔を 浮かべている。それは――なんつーかだ。はっきり言って可愛い。表情から年齢を読み取りづらい森さんではあるが、 今の笑顔を見ている限りは俺と同い年ぐらいじゃないかと思いたくなるほどだ。 「お~い、キョン。お前何見とれてんだよ~」 気がつけば俺の肩に手を回して、ニヤニヤ顔を浮かべている谷口が隣にいる。俺はあわてて首を振って、 「別にただ何を話しているのかっと思ってみていただけ――」 「嘘だなウソUSO! おまえの視線は完全に森さんにロックオンされていたぜ。いくら言い訳しても俺の目はごまかせねえぞ」 お前の目ほど信用にならないものは無いと思うぞ。 そんな俺の疑惑の視線を完全に無視して、谷口は得意げに 「だがよー、おまえの気持ちもよーくわかるぜ。だって森さん可愛いじゃねえか。凛としたときは大人の魅力を、 笑ったときは少女の魅力は振りまくっているんだからな。俺は未だかつてあれクラスの女には出会ったことがねえぞ。 そうだな――朝倉のAA+以上のSS+の称号を与えるほどにだ」 「お前から与えられる称号なんて、ただ不名誉なだけだろ。大体、事実上のフィアンセがいるくせに、そんなに色気づいていて いいのか? 彼女が聞いたら悲しむぞ」 俺のズバリな指摘で谷口は動揺するかと思いきや、やたらと真剣な表情で俺の肩をつかんだかと思うと、 「良いかキョン。男ってのはな、悲しかな可愛い女性やりりしい女性に反応しちまうもんなんだ。 見てみろ。あんな笑顔を振りまく女性がいるってのに、欲情の一つもしないってのははっきり言って男失格だぜ? ずっと涼宮一直線だった不健康極まりないお前にはわからんだろうけどなぁ」 俺の知っている限りナンパ成功率0%で歩く公衆欲情マシーンのお前を基準に世界中の男の常識を語られても それこそ全人類の男性を敵に回すだけだぞ。 「あー? どうやらお前が眠りこけていた間に鍛え上げたナンパテクニックを見せてやらなきゃわからないようだな。 なら今から森さんに突撃しようぜ。俺の華麗な話術で森さんが独身かどうなのか聞き出してやるからよぉ」 そう言って嫌がる俺を引っ張り、機関組の話の中に突入する谷口だ。やれやれ。こいつは本当に変わっていないな。 それからしばらくの間、ここにいる全員で朝方の子供たちを送り出した後に行われる奥様方の井戸端会議の如く、 雑談に興じることになった。 森さんや新川さんの今までの活躍ぶりを多丸兄弟がおもしろおかしく話してくれた。 新川さんの戦地でもっとも危険な状態に追い込まれたときの話はやたらと緊迫したムードで聞くことに。 超能力者になりたての時の古泉の話は興味深く聞かせてもらったが、こっそりと古泉が耳をふさいでいたことが一番の収穫だな。 どうやらこいつでも見返したくない過去ってものがあるようだ。しばらくはこのネタでからかってやるか。 ちなみに谷口の巧妙なる話術による『森さんは独身なのか否か聞き出してやる作戦』は見事な森さんの会話テクニックにより、 すべて煙に巻かれてしまった。ところで谷口。お前の巧妙なる口説き文句って歯の浮くような露骨ものばかりだぞ。 2年間経っても全く成長していねえじゃねえか。ま、せっかく可愛い彼女がいるんだから、身の丈をきっちり把握して あまり無茶な色気は出さない方が身のためってところだな。 この数時間の雑談の間、俺は完全に国木田ノートの存在を忘れてしまっていた。ここまで機関の人たちと心ゆくまで話したのは 初めてだったが、みんなこれ以上ないほどにいい人たちだ。こんな人たちを疑うなんてどうかしている。 この時、国木田ノートを破り捨てることができれば良かったんだが…… ◇◇◇◇ その日の夜。相変わらず機関の人たちは周辺への警戒で出払っていた。あれだけ動き回っていると休息にならないんじゃないか? と思いつつも、今の俺には出払ってくれてもらっていた方が好都合だ。谷口は俺の護衛って事でここにいるが、 さっきから携帯ゲームに夢中になっているから無視しても問題ないだろう、 俺は谷口から少し離れたところに座り、国木田ノートを取り出す。機関の人たちと雑談を満喫した後で このノートを開くのははっきり言って気が進まなかった。むしろ、古泉たちにこいつを差し出してしまいたくなる。 しかし――今までのノートの内容を思い出していくにつれ、さっきまでのワイワイ気分が薄れていった。 機関がこの閉鎖空間発生に何らかの形で関与している。これに興味や好奇心、猜疑心が揺すぶられない方が どうかしているってもんだ。 俺は首を2,3回振ってノートを開いた。機関が何かをたくらんでいても、森さんや古泉がそれを知らない可能性だって 十分にあり得るんだから。そうならすぐに古泉にこいつを差し出して、その陰謀を打ち砕いてやればいい。 ただ、用心を用心を重ねておいた方がいいと思い、いざ誰かに見つかっても日記帳だとごまかせるように、 ボールペンを手に持っておく。ノートの後ろのページは何も書かれていない白紙だったのでそこに何かを書いているふりで ごまかせるだろう。 『Eメールの本文は【君が知りたいものを送る】とだけ書かれていた。ウィルスメールかスパムかと思ったけど、 いざ添付ファイルを開いてみると、膨大な量の資料があったんだ。全部読むのに三日間はかかったね。 で、肝心のその内容だけどどれも衝撃的なものばかりだった。かなり複雑かつ膨大な量の内容のため、 僕なりにまとめた上で目的別にその真相を記していく』 次のページからの内容に俺は……はっきり言おう。怒りを覚えた。さっきまでの楽しい雰囲気なんて完全に飛散して 世界中で怒鳴り散らしても収まらないほどに。 『まず、全ての始まりであるキョンが事故にあった件は予想通り機関が関与していた。 事故を装ってキョンに怪我を負わそうとしたんだ。キョンが死に至る可能性は考慮されたけど、 機関内では涼宮さんがそれをさせないと結論を出したみたい。そして、それは実行され予想通りキョンは事故にあったにも かかわらず無傷の状態になっていた。けど、そのままでは何もならないので、気絶している間に薬物を投与し 昏睡状態に陥らせてたんだ。継続して薬物の投与できるように機関の息のかかった病院に入院までさせた』 ――俺は怒りで震える手を押さえつつ先を読む。 『どうしてこんなことをしたのか。その理由はあの涼宮さんの情報創造能力が目的だった。 機関はあの能力を手に入れようとしていたみたい。けど、能力を人に渡すなんていうことはできないから、 涼宮さんにショックを与えて呆然喪失状態に追い込み、あとは薬物でも何でも使って何でも言うことが聞く人形に仕立て上げようと した。事実、キョンが入院してからというもの涼宮さんの精神状態はきわめて不安定状態になり、 閉鎖空間の発生が乱発していた。機関はその心の隙間を利用して涼宮さんに近づこうとしていた』 なぜだ? 機関は内部に異論があるとはいえ、大半はずっと現状維持を貫いてきたはずだ。 どうしてここに来てハルヒの能力を手に入れるなんて言うばかげたことを考え始めたんだ? 俺はページをめくって読み進める。そこにはまるで俺の疑問に答えるかのような内容が書かれていた。 『機関はずっと涼宮さんの精神状態を安定させて、現状を維持するという方策をとり続けてきた。 涼宮さんがどれだけすごい能力を持っていたところで、しょせん地域限定の超能力者を保有しているだけの機関では 利用のしようがなかったからね。それに情報統合思念体という強大な勢力が涼宮さんの観察を続けている以上、 手出しは厳禁と言っても良い。うかつなことをして彼らの怒りを買えば、一瞬でこんな地球なんて滅ぼされるかもしれない。 だからこそ、現状維持を貫いてきたんだ。でも、ここに来てその状態を覆す存在が現れた。それが情報統合思念体が天蓋領域と 呼ぶ勢力。彼らもまた涼宮さんの能力に興味を示していた』 別の宇宙人勢力の出現により力の均衡が変化したと思ったのか。スケールは壮大だが、考えることはしょせん人間って事だな。 『ちょっと話が逸れるけど、機関の中心的メンバーには結構なナショナリストがいたりする。ま、いわゆる極右って奴だね。 そう言う人間は多くのTFEI端末を派遣し、いつでも地球を握りつぶせる勢力である情報統合思念体に恐怖する一方 反発もしていた。事実上地球は情報統合思念体に支配されているに等しい。我々は彼らに媚びを売って生きていくことしか できていないと。だから、どうにかして現在の状況を変えてやりたいと思っていた。涼宮さんの能力を使えば 情報統合思念体の影響力を地球から排除して、真の独立を得られる。しかし、その能力は一人の少女の気まぐれでしか使えない。 またたとえ身柄を拘束しても使い方がわからない。そんな行き止まりの状態に希望の光となったのが天蓋領域だった。 彼らの協力を得られれば、涼宮さんの能力を使い放題にできるかも知れない。実のところ、情報統合思念体にも同様の協力を 要請していたらしいけどつっぱねられたみたいだね。でも、天蓋領域と接触して交渉した結果、彼らはあっさりと了承した。 捕獲は機関が行い、その能力の解析を天蓋領域が行い、涼宮さんの能力を機関・天蓋領域で共有して使用するという条件で。 全くひどい話だよ。本人の意志は完全に無視だから』 本当にひどい話だ。ハルヒの意志は完全に無視して、そんな野望をたくらんでいやがったのか。 『その目的でキョンは昏睡状態に追い込まれた。情報統合思念体も動こうとしたけど、天蓋領域が本格的に牽制を始めて にらみ合いの状態になっていたらしく手出しができなかった。その間に機関の計画は着々と進行し、 ついに涼宮さんは部室に閉じこもりっきりの状態まで追い込まれてしまっていた。後はそこで彼女の身柄を拘束して 作戦の第一段階は完了する予定だった』 ――次のページをめくり―― 『でも、身柄拘束の際に予想外の事が起こった。涼宮さんが現実世界にあの青白い巨人――神人を世界中に発生させたんだ。 どうやら襲いかかってくる人たちをすべてなぎ倒そうと思ってしまったみたいだね。そこまで追いつめられていって事だよ。 結局、機関はその場で身柄を押さえることができず世界中の神人の対処に追われ、作戦は事実上失敗に終わった。 でも、それでも機関はまだ諦めなかった。しつこいことに次の作戦を実行に移そうと――』 ――ここで、俺の視線に人影が入る。あわててノートの最終ページを開いて、何かを書いているふりを始める。 視線をちょっと上げてみると、多丸兄弟が見回りから戻ってきたらしい。ちょうど俺の前を歩いて通過していた。 以前ならまじめな顔で歩いているだけにしか見えなかっただろうが、今では全身から何か黒いものを吐きだしているように見えた。 この人たちが心底機関のやり方に賛同しているなら、一緒にいることは危険だ。 俺はノートを閉じ、荷物の中に隠す。見れば、森さんたちもSA内に引き上げ始めていた。 今日はこれ以上読むのはまずい。続きは明日にするしかないが、まだ肝心な部分が読めていなかった。 今俺たちが北高へ何をしに向かっているかの部分だ。それを読まない限り、俺が今後どうするかはまだ決められないんだ。 ふと空を見上げると、灰色の空に灰色の月が昇っている…… ◇◇◇◇ 俺は朝早くにまたトイレと偽ってSAを抜け出した。もちろん国木田ノートを読むためだ。 移動再開まであと二日あるが、機関の本当の目的がわかった以上、早く全てを読み終えて対策を練らなきゃいかん。 少なくともこれ以上古泉たちと一緒に移動するのは危険だ。 ――ふと、俺は古泉のニヤケスマイルが脳裏に浮かべた。あいつはどうなんだろうか? SOS団に入ったときはさておき 最近では副団長の地位に満足していると言い、SOS団のためなら機関を一度だけ裏切るとまで言ってのけた。 2年経ってもその考えは同じなんだろうか? それともその発言そのものが俺を安心させるためだけの方便だったのか? いや、そんなことを今考えても仕方がない。とにかくノートを読み終えなくては判断のしようがないんだ。 『しつこいことに次の作戦を実行に移そうと動き始めた。神人を全て排除した時には北高を中心に巨大な閉鎖空間が発生して、 うかつに近寄れない状態。最初はもう一度超能力者を使った上で、特殊部隊を突入させて涼宮さんを捕らえようと考えた。 でも北高に行った人たちは誰一人として帰ってこなかった。どうやらもう力押しではどうにもならないと理解した機関は、 路線を変更する。まず機関の存在を世界に知らしめ、閉鎖空間の発生原因が涼宮さんにあると宣言した。 世界中が訳のわからない化け物と灰色空間でめちゃめちゃの状態に併せて、神人を撃退したという実績のおかげで 世界からはすんなりと機関の存在と主張は受け入れられたよ。そうやって機関は世界中の協力を得られる立場になった』 自分たちがその原因を作ったくせに、ぬけぬけとハルヒに全責任を追いやるなんて、機関の連中の程度が知れる。 『機関は自由に世界中の軍事力を利用して、閉鎖空間の状況を調べた。どこまで入れるのか。どこが危険なのか。 徹底的に人的資源を使って調べ尽くしたよ。一方でキョンの存在が涼宮さんに与える影響についても調査を行った。 どうやら涼宮さんはキョンの存在を認知しているみたいで、閉鎖空間に近づけると拡大が停止するという 具体的な効果も確認できた。そこで機関は準備が整い次第キョンを目覚めさせて閉鎖空間に突入するという作戦を立てた。 当然嘘の情報を与えて涼宮さんを救い出そうという気持ちにさせた上でね。ただ、キョンも見知らぬ人と一緒に行動するのでは 精神的に不安定になる可能性もあるから、顔見知りの機関の人たちと僕と谷口が突入部隊に選ばれた。 そして、国連軍による大攻勢も失敗した時点で最後の手段になるこの作戦が実行されることになった』 具体的な作戦内容はないのか? 北高についてから何をするかとか…… その答えは次のページに書かれていた。 『作戦は短絡的といっても良いようなもので、まずキョンを北高に連れて行く。当然、涼宮さんはキョンを攻撃できないから 高い確率で無事につけるはず。そして、涼宮さんを確保後、彼女の目の前でキョンを殺害し混乱状態に陥ったところで 薬物注射により思考能力を奪う。これで何でも言うことの聞く人形のできあがりってわけだね。キョンはあくまでも機関の人を 無事に北高に送り届けるための道具に過ぎない』 あいつら……! 散々人を騙しておいて、最後は俺を殺すつもりだったのかよ! なんて野郎どもだよ! 怒りで目の前が真っ赤になる。頭の血管の一つが切れて、血が吹き出るんじゃないかと言うほど血が上っていた。 だが、まだ続きがある。 『この作戦がわかった時点で、僕は一度機関から脱走しようと思った。だけど、すぐに思い直したよ。 ここで逃げ出してもすぐに追っ手が来るだろうし、僕に関係なく作戦は実行されるだろうしね。 僕はあくまでも念には念をってだけの利用価値しかないから。だから、逆にこの作戦を阻止してやろうと思った。 北高についてキョンと涼宮さんを守る。そうすれば、あとは涼宮さんが機関をどうにかしてくれるだろうし、 そうなれば閉鎖空間も必要なくなる。それで全てが終わるんだ。同じ事を谷口にも話した。でも、谷口は僕以上にまずい――』 「何を読んでいるんだい?」 唐突に浴びせられた声に、俺ははっと顔を見上げた。見れば目の前には多丸圭一さんの姿が。 俺は驚きのあまり2,3歩後ずさりしながら、 「い、いえ……大したもんじゃないですよ……?」 完全な失策だ。ノートの内容に没頭する余り、周りの状況が全く見えていなかった。今更茂みに隠れて日記を書いていました なんていう言い訳なんて失笑ものだ。かといって、正直に言えば何をされるかわかったもんじゃない。どうする――どうする? 俺はこうなったら逃げるしかないと思い、さらに数歩後ろに歩いた辺りで気がついた。いつの間にか、俺の手から 国木田ノートがなくなっていることにだ。 「へえ、これ彼のものなんだ。厳重な監視下にあったはずなのに、よくこんなものを書けたもんだね」 背後から聞こえてきた声に、俺はとっさに振り返る。見れば、いつの間にやら背後に経っていた多丸裕さんの姿があり、 その手にはノートがあった。数ページぺらぺらとめくって内容を流し見している。 「返せっ! この野郎っ!」 俺は裕さんに飛びかかりノートを取り返そうとするが、ひらりとかわされてしまう。そして、裕さんは懐から拳銃を取り出すと、 俺に銃口を向けながら圭一さんのそばに移動した。 圭一さんは裕さんからノートを受け取ると、その内容を確認し始めた。すぐにでも取り返してやりたいが、 裕さんが銃口を俺にぴったり向けているので全く動けねえ。 やがて、ノートの内容を読み終えたのか、圭一さんはそれを閉じると、 「……なるほどな。これは非常に興味深い話が書かれているようだ。創作にしては良くできているんじゃないかい?」 そうにこやかな笑顔で俺に言ってきた。俺はその言葉に激高して、 「創作だって!? 白々しい嘘をつきやがって! 国木田がそんなことをやる理由はねえ!」 「彼はこの内容を信じて書いたのかも知れないが、どんな証拠があるというんだい?」 その反論に俺はうっとうなってしまう。証拠を見せろと言われても正直そのノートだとしか言いようがない。 だが、俺には国木田がでまかせや妄想を書いていたんじゃないと確信していた。そんなことをする理由なんて全くないからな。 大体、そんなものを俺に渡して何になる? 一向にノートは創作って事を受け入れない俺に業を煮やしたのか、圭一さんは裕さんにノートを預けると、 「……どうやらひどい誇大妄想を見せられて混乱してしまっているようだな。一つ懲らしめて目を覚まさせてあげよう」 そう言って拳をならしながら俺の方に向かって歩いてくる。身構えるか、逃げたいという気持ちはあるが、 裕さんに銃口を突きつけられている状態じゃ―― 「――ぶっ!?」 腹を捻り切られそうな衝撃で、俺の口から胃液が飛び出した。何が起こったのか理解できず、そのまま地面に膝をつく。 しばらく胃をさすり、気管周辺にたまっていた胃液をはき出そうと咳き込んでいたが、ようやく何が起こったのか理解できた。 一瞬の間に間合いを詰めた圭一さんが俺の腹を思いっきり殴りつけてきたようだ。俺は圭一さんから視線を外さなかったのに、 いつの間にこんな近くまで来ていやがったんだ―― 今度はこめかみ辺りに強い衝撃が与えられ、その勢いで地面に倒れ込んでしまう。激しく脳を揺さぶられたためか、 視界が揺れて安定しない。どうやら今度は頭を殴られたらしい。ちくしょう、圭一さんの動きが全く見えねえ…… 「どうだい? 少しは目が覚めたかな?」 俺の耳に、圭一さんの飄々とした声が届く。俺は自分の意思示すために、顔だけを上げちょうど真上に位置していた 圭一さんの顔をにらみつけながら、 「腹と頭の痛みはひどいが、残念ながら考えを変える気は全くないね……!」 そう言いきる。すると、圭一さんは困ったようにこめかみを掻き上げ、 「……そうか。どうやらお灸を据えても効果がないようだな。できればこれ以上手荒なことはしたくなかったんだが」 「君は筋金入りのバカみたいだね。抵抗しても無駄だってわからないのかい?」 少し離れたところから聞こえる裕さんの声。姿は見えないが、まだ拳銃は構えているだろう。 と、ここで国木田ノートの内容を思い出す。俺はハルヒのいる場所までたどり着くための大切な『道具』とされていた。 だったら、こんなところで俺を殺す事なんてできないはず。 俺は力を振り絞って立ち上がると、 「へっ……。手荒な事って何だよ。お前らは俺が必要なんだろ? いくら殴ったところで殺すことができないんじゃ こけおどしに過ぎねえんだよ……!」 口の中に残っていた胃液をはき出す。だが、多丸兄弟は二人で顔を見合わせると、軽く笑い声を上げて、 「君の言うとおりだ。確かに君なしでは目的地への到着はほぼ不可能になるだろう。だから我々には君は殺せない」 「でもね、言うことを聞かせるためには暴力しかないって言うのは短絡的じゃないの? 他にいくらでも方法はあるさ。例えば」 圭一さんに続いて口を開いた裕さんは耳に付けられている無線機に手を当てて、 「例えば、この無線機で君の大切な人を今すぐ殺してくれと、指示を出すとか。当然、君がこちらの指示に 従わなかったときだけどね。誰が良いかな……最初から家族だと勿体ない……そうだ、確か昔付き合っていた可愛らしい女の子が いたよね? この無線一本で彼女をとんでもなくひどい目に遭わせることだってできるんだ」 ……佐々木か!? ふざけんじゃねえ! 指一つでも触れてみろ! 絶対に未来永劫てめえらの指示なんて従わねえぞ! だが、裕さんは表情一つ変えずに、 「無論、率先してやるつもりはないよ。これはあくまでも君との交渉の一環だからね。君が僕たちの指示に従えば そんな悲劇は起こらずにすむんだ。ああ、でもあまり駄々をこねると見せしめが必要になるかも知れないよ」 「そう言うのは交渉とは言わずに、脅迫って言うんだよ……!」 怒りの身体を震わせる俺だったが、はっきり言ってどうしようもない。 このままでは佐々木や家族が犠牲になるかも知れないんだ。それだけはどんなことがあっても…… ……いや待て。そういや、古泉が言っていなかったか? ここだと無線での連絡ももう取れないって。 その事実を思い出したとたん、俺は勝ち誇ったような気分になり、 「だからどうしたってんだ。そんな脅迫に応じるつもりはねえよ。勝手にやればいいさ。できるならな」 急に強気になった俺を見た多丸兄弟は、不思議そうに顔を見合わせるが、やがて二人そろって嘆息し、 「仕方ないな。こういう手段は好きじゃないんだが……」 「意外と傲慢な人間だったんだね。でも、後悔することになるよ」 「好きにしやがれ」 俺は耳に入った二人の言葉を吐き捨てるように言う。これは完全なハッタリだ。無線連絡はここから確実にできない。 だからこそ、二人はまるでこっちの焦りを誘うように、じっと見つめたまま一向に指示を出そうとしないんだ。 だが、次の裕さんの言葉で俺の足が自然と動いた。 「君の要望通りにしてあげるよ。あ、ひょっとしてここからじゃ無線は届かないからハッタリだと思っている? それなら無線が使える地域まで移動すればいいだけさ。そんなに遠くじゃないからね」 「……この野郎っ!」 俺は全力で一番近くにいた圭一さんに飛びかかった。さすがにこの動作は予測していなかったのか、 俺の体当たりを完全に食らった圭一さんは俺ごと茂みに突っ込む――次の瞬間、俺に強烈な落下感が襲った。 茂みの向こう側が高さ5~6メートルの崖になっていたのだ。 俺たち二人は組み合いながら悲鳴を上げて落下する。着地と同時に鈍い衝撃が俺を襲うが、運良く圭一さんがクッションに になったおかげでダメージは思ったより大きくない。だが、感謝なんかしねえぞ。 一方、二人分の重量の衝撃を背中に受けた圭一さんが少しもだえるような表情を見せたが、すぐに立ち上がると どこから取り出したのか右手に構えたナイフを俺に斬りつけてきた。 斬撃をかわすべく俺は圭一さんと距離を取ろうとして気がつく。俺たちがいる場所は崖の途中にある出っ張りの上に過ぎず、 少しでも動けばまた10メートル程度下まで落ちてしまう。これじゃ、まともに避けられねえぞ。 すぐに自動小銃を構えようとするが、どこにもないことに気がついた。ノートを読んでいたときは肩にかけていたはずだ。 恐らく圭一さんに殴られたときにどこかに落としてしまったのかも知れない。あるのは腰にある拳銃だけ―― だが、圭一さんがそれを抜かせる時間を与えてくれるわけもなく、またナイフで俺に襲いかかる。 とっさにナイフが握られている腕をつかみ、必死にそれの移動を妨げようとするが、力の差は歴然だ。 ゆっくりとナイフの刃が俺に向けられてくる。おまけに圭一さんの顔は完全に怒りに染まっていた。 おいおい! 我を忘れて俺を殺すか!? このままではやられる。そう判断した俺は、一か八かで足払いをかけた。腕に集中力が向けられていたためか 圭一さんはあっさりとバランスを崩す。俺は間髪入れずに崖の下へ突き落とそうと、力の限りはねとばそうとするが、 「うわっ!」 思わず悲鳴を上げたのは俺だ。崖の下に落下し始めた圭一さんは死なばもろともと言わんばかりに、俺の迷彩服の胸ぐらを つかんだからだ。当然、不意打ち状態だった俺は一緒に崖下へと落下する。 ………… ………… ………… 俺は自分が意識を失っていることに気がつき、はっと目を覚まして起き上がった。周りを見ればすぐ隣に横たわった圭一さんの 身体がある。目を見開いたまま指一つ動かなかったが、それもそのはずだ。まるで仕組まれたかのように眉間にナイフが 突き立てられているからだ。完全に……死んでいる。 「うっ……」 始めて見る死体に、俺は猛烈な嘔吐感に襲われた。あまりのひどさにリバース寸前まで来たが、すぐにそれも収まった。 目の前の木に一発の銃弾が命中したからだ。とんできた方向を考えれば、俺の頭すれすれに放たれたものだったということは すぐにわかった。 俺はとっさに近くの岩の陰に身を潜める。すぐに3発の銃弾が俺のそばに着弾した。 どうやら裕さんが俺を銃で狙っているようだ。 「くっそ……もう何が何やら……」 はっきり言って展開が急すぎてついて行けていない。頭の中は大パニック状態だぜ。 そう愚痴りつつも、俺は拳銃を取り出し裕さんの姿を探し始める。と、崖の上をちらりとかすめる影の存在に気がついた。 移動していく先は緩やかな下り坂になっていて、その内崖下につながるだろう。隠れている場所を把握されている以上、 こっちも移動しないとまずいな。 俺は足音を殺しつつ、別の岩の陰に隠れた。この位置なら裕さんが移動している下り坂がよく見えるはずだ。 「……いた」 予想は大当たりだった。裕さんはまだ俺が移動したことに気がついていないのか、拳銃を構えながら堂々と崖下めざして 歩いている。拳銃で狙うには距離が遠すぎるが、弾は届く距離だ。 銃を構えようとして一瞬躊躇という言葉が脳裏に過ぎった。圭一さんの死は事故だ。偶然といっても良い。 だが、今から俺がやろうとしていることは完全に裕さんを殺すという行為だ。当たり前の話だが、俺は生まれてこの方 人を殺したことなんてない。朝倉は宇宙人だから例外だ。そんな俺に撃てるのか? ――彼女をとんでもなくひどい目に遭わせることだってできるんだ―― 裕さんの言葉が脳内にリピートされた瞬間、俺の頭から躊躇なんていう感情は完全消滅した。ここで撃たなければ、 佐々木や俺の家族の命が危ないんだ。迷っている暇はねえ。やるしか…… ゆっくりと銃口を歩く裕さんの方に向ける。向こうはまだ俺に気がついていない。撃ち合いになれば勝てる相手ではない以上、 ここで確実に仕留めるしかない。 撃て、撃て、撃て、撃て――当たれ、当たれ、当たれ、当たれ…… 俺は念じるように唱え、そして拳銃の引き金を引いた。パンという鼓膜を貫く発砲音と硝煙匂い。 やがて、裕さんの歩みが止まりぐらりと崖下へとその身を落下させる。 「……当たった」 俺は呆然とつぶやいた。一発で命中し、裕さんはそれで命を散らせた。そう俺は裕さんを撃ち殺した―― 殺人を自覚したとき、俺はもう嘔吐感に抵抗もできずもどし始めた。人を殺したという感覚。 ドキュメンタリーかなんかでこういった症状を引き起こすことがあるっていうのは知っていたがこれほどとは…… 数分間、そのまま俺は動くことができなかったが、はっと気がつく。さっきの発砲音を聞きつけて森さんたちが こっちにやってくるかもしれない。その前にノートを回収してとっとと身を隠さなければ。 今なら俺が機関の事実を知ったのではなく、敵に襲われたと言い逃れができるかも知れないんだから。 俺は岩陰から飛び出すと、裕さんの死体に駆け寄る。こめかみに銃弾が直撃したみたいで即死だったようだ。 自分が死んだことすら理解していないように、目を見開いたままぴくりとも動かなかった。 幸いなことに、手にはノートがしっかりと握られていたので、それを引きはがすように取り戻すと立ち上がって―― 「どこに行くつもりですかな?」 俺の後頭部に冷たいものが押しつけられていることに気がついて、身体が硬直した。同時に聞こえてきた声の主は、 「……新川さん。見ていたんですか?」 「ええ、一部始終全て見させて頂きました」 新川さんも多丸兄弟と同じように、いつもと変わらぬ口調だった。だが、明らかに俺の後頭部に押しつけられているのは 拳銃だ。そして、すぐにでも引き金を引きそうな殺気がそこから放たれていることを感じる。 と、今度は崖の上から誰かが飛び降りてきた。森さんだ。 しばらく地面に死体となって転がっている多丸兄弟を一瞥した後、俺の目をしっかりと見つめて、 「……面倒なことをしてくれましたね」 そう冷たく言い放った。その時の森さんには昨日見た屈託のない少女の顔はなく、恐ろしいほどに洗練された殺し屋の 素顔があった。 ◇◇◇◇ 「話せ、この野郎っ!」 俺は森さんと新川さんに両腕を掴まれ、SAの駐車場に連行された。そこには困ったような表情を浮かべる古泉と、 ばつが悪そうに目をそらす谷口の姿があった。どうやらこの二人も完全にグルみたいだな。 やがて、俺は古泉たちの前に跪かせるように座らせられた。両腕をがっちりと固められたままなので、 まるで磔に架けられたような感覚に陥る。 そんな俺を古泉の野郎は目を細めてしばらく見つけていたが、やがてわざとらしく大きなため息を吐くと、 「全く面倒なことをしてくれましたね。この先は更なる障害があるだろうと予測はしていましたけど、 まさかあなたが反乱を起こすとは思っていませんでした」 「……反乱だと? 今まで俺を散々だましていたのはどっちだ」 俺は森さんと同じことを言うニヤケ野郎を睨み付ける。だが、古泉は全く動じることなく、 「仕方がないでしょう? 本当のことを言えば、あなたが僕たちに協力する可能性は皆無ですから」 「当たり前だろうが! お前ら機関はハルヒに全責任を押し付けただけじゃなくて、ハルヒの意思を無視して 能力だけを奪い取ろうとしたんだ。絶対に許せねえ」 「ですが、それも仕方のないこと」 俺の怒りに返答してきたのは、新川さんだった。じっと俺の目を見つめ、言葉を続ける。 「あなたには理解できないことなのでしょう。TFEI端末や情報統合思念体というものがどれほどのものか 直に見たことがないのですから。ですが、私たちはその強大な力にずっと触れ続けてきました。 彼らの力は私たちの住む世界など指一つ動かすだけで作りかえられます。この星の存在が危険だと認識すれば 即座に抹消されるかもしれませんな。所詮はこの世界など彼らの手のひらの上で踊るちっぽけな存在でしかない」 新川さんに続き、森さんも口を開く。 「機関という組織ができ、TFEI端末と初めて接触したその日から私たちはただおびえる毎日でした。 気の向くままに世界を作り変えかねない涼宮ハルヒという存在と情報統合思念体という強大な存在の両方に。 そんな中、私たちができることは涼宮ハルヒの精神状態を安定させ、情報統合思念体の観察に 支障をきたさないことだけです。そのため機関は奔走する羽目になりました。まるで主に仕える奴隷のようにです。 そんな状態に私たちはいつまで耐えればよいのですか?」 その問いかけに俺は答えられず黙っていることしかできなかった。さらに森さんは続ける。 「機関だけではなく、この世界そのものが涼宮ハルヒと情報統合思念体の玩具にすぎないのです。 だからこそ、私たちはその奴隷・モルモット的状態に陥っている世界を救わなければなりません。 ですが、その方法が全く見つからなかった。どうすればよいのかすらわからなかった。 そんな袋小路の状態のときに、ようやく救世主が現れた」 「……天蓋領域ってやつか」 「その通りです。彼らは涼宮ハルヒの存在に強い興味を示していましたが、彼らもまた情報統合思念体により その行動が移せずにいたのです。この時点で両者の利害は完全に一致していて、協力関係になるまで さほど時間を有しませんでした。機関は涼宮ハルヒを天蓋領域に提供する代わりに、その能力を使わせてもらう。 情報統合思念体などという全てを超越した存在に対抗できるだけの力を有することができれば、 人類は強大な存在に縛られず、自由に自らの意思で判断できるようになり、真の独立を勝ち取れるのです」 森さんの演説じみた言葉は、国木田ノートに書かれていたことと全く同じだった。 もうノートの内容に間違いはないと思っていいだろう。 古泉は二人の演説を黙って聞いていたが、やがて腕を組んで俺に見下すように顔を近づけると、 「どうですか? お二方の主張を聞いても、まだ僕たちに協力する気にはなりませんか? 拘束状態から脱して、自由を得るということは人間なら誰しも望むことですよ?」 「……そのためにはハルヒがどうなってもいいって言うのかよ?」 「やむ得ないと考えられます。大事の前の小事なんて考えるに値しません。恨むのなら、涼宮さんがあのような能力を 持ってしまったことを恨むしかないですね」 古泉は表情一つ変えずに淡々と言ってくる。 はっきり言って納得できねえし、理解する気もねえ。確かに機関の主張は誤りではないだろう。 だが、ハルヒが神がかり的な能力を得てから4年間、水面下ではいろいろあったとはいえ 世界は特に変化なく続いていたはずだ。それをぶち壊して混乱状態に置いたのは機関じゃねえか。 こんな惨事になるくらいなら、そのままハルヒをそっとしておいた方がずっとマシだったんだ。 一向に納得しない古泉は珍しくいらだちの表情を浮かべて、 「わかりませんかねぇ……自決権の取得は何に変えても保持しておくべきものなんですよ。 それが民族的感情というものです。どうしてあなたはそれを理解しようとしないんですか?」 「俺はそんなものなんて意識したこともないし、たとえ意識した今でも今までどおりの生活が続けられるなら 必要ないと断言できるぞ。確かにおまえら機関の働きがあってこそだから、それには素直に感謝するけどな。 だが、プライドだけにこだわった自決権とやらを得るためには、どんな犠牲を払ってもかまわないと言い出すなら 大きなお世話だと言ってやる」 「人類の生存権を取り戻すためには多少の犠牲は避けて通れません。それに涼宮さんはやむえない犠牲として、 また人類を救った英雄としてずっと祭られ続けるんです。悪くない待遇だと思いますよ?」 「それも気にいらねえ。まるでハルヒを道具か何かとして見ていやがるからな」 「人類が独立するためには神ですら利用する。それが生存本能というものです」 「……古泉、もういいわ」 俺と古泉の会話をぶった切ったのは森さんだった。いつの間にやら、その手には薬物らしきものが入った 注射器が握られている。 「これ以上説得しても無駄だと判断します。ですが、人類の悲願達成のためにはどうしてもあなたの力が要る。 そのためにはどんな手段でも用いるつもりです」 「……また脅迫か。言っておくが、俺の知り合いに少しでも手を出したら、二度と協力なんてしないぞ。 当然、手を出さなくても協力するつもりはねえけどな」 俺はそう森さんに強がって見せるが、正直どうすればいいのかわからなかった。本当に佐々木や家族たちに 手を出されたらどうする? しかし、だからといってハルヒを代わりにに差し出すなんてことはできない。 だが、森さんから返ってきた言葉は予想外のものだった。 「いいえ。脅迫という手段は時として有効です。そうすれば、あなたの身体は私たちの指示に従うでしょうけど、 心は反発したままです。そのような不確定要素を保持したまま作戦の遂行に支障をきたしかねません。 ですから、薬物注射であなたの思考能力を奪います。こちらとしてはあなたの外見上の存在だけでも 十分に大きな効果が期待できると考えていますので」 森さんの手に握られた注射器が俺に向けられる。どうやら、あれは何でも言うことを聞かせられるようになる 魔法の薬のようだな。冗談じゃねえぞ。あれを挿されたらもう反抗のしようがなくなる。 俺は必死にそうはさせまいと森さんと新川さんを振りほどこうとするが、力の差は歴然のようでびくとも動かない。 一方で古泉はただニヤニヤしながら、俺に注射器が刺さるのを見つめている。 「古泉! おまえはSOS団にいたときに言っていたじゃないか! 今ではSOS団副団長としての立場の方がいいって! 機関を一度だけ裏切るとも言っていたよな! あれは全部うそだったのか!?」 「……懐かしい話ですね。当然、方便に過ぎませんよ? あなたや涼宮さんに取り入るためのでまかせです。 僕があくまでも機関から派遣された人間であることをお忘れですか?」 冷酷に言い放つ古泉に俺は愕然としてしまった。全部嘘だったってのか? 俺はそんな嘘にころっと騙されて…… ゆっくりと俺の腕に注射器が近づけられてくる。抵抗もできず、助けも呼べない。もうどうすることもできないのか。 ――だが、突然森さんと新川さんが俺の両腕を離し、後方へ飛びのいた。同時に俺の両脇を銃弾が飛んでいく。 何が起きたのかわからず、俺は辺りを見回すとやや離れた場所に谷口が立っているのが見えた。 どういうわけだか、俺――いや、森さんたちに自動小銃の銃口を向けている。そして、 「キョン! 早く逃げろっ! 急げっ!」 そう言いながら今度は古泉に向けて撃ち始めた。理由はわからんが、とにかく感謝するぞ谷口。 俺はすぐに近くの林に向かって走り始めた。谷口も俺をかばうように銃を撃ちながら続いてくる。 「すまねえ谷口! 恩にきるぞ!」 「いいからとっとと走れよっ! すぐ追いついてくるぞ!」 谷口の言うとおりだった。俺たちがようやく林に飛び込んだあたりで、 「新川――!」 遠くから森さんの声が聞こえてくる。そして、次の瞬間一発の銃声が鳴り響き、後ろを走っていた谷口の身体が 前のめりに倒れようとしていた。俺はあわてて足を止めて谷口の身体を支える。 見れば、のどの一部から大量の出血が起きていた。谷口自身はショック状態に陥っているのか、 ほうけた表情のまま声一つ上げずに固まっている。撃たれたのは確実だった。 「くそっ!」 俺はすぐに谷口を背負うと、林の中を走り始めた。 ◇◇◇◇ 「谷口っ! おいしっかりしろよっ!」 俺は林の中にあったくぼみの中に逃げ込み、そこで谷口の容態を確認していた。喉の辺りを銃弾が貫通したようで 出血がひどく、全く手の施しようがない。このままではいずれ死に至るだろう。 だが、治療なんて俺にはできるはずもなく、ただ小声で谷口を呼びかけることしかできなかった。 「……すまねぇ……」 ようやく自分が瀕死の状態であることを理解したらしい谷口は、ほそぼそと俺に語りかける。 俺は今にも泣き出しそうな気持ちで、 「謝るのは俺の方だっ! どうして……なんで俺をいきなり助けたりしたんだよ……!」 「……我慢できなかった……これ以上、お前を……キョンを裏切り続ける……ことが……」 「だからってお前が死んだら意味がないだろうがっ! 頼む! 死ぬなっ!」 俺の必死に呼びかけに応じたとしても、谷口の容態が回復するわけもなく、次第に顔は白くなり 手も血の気が引いたようになってきた。俺は……ただそれを見ていることしかできなかった…… しばらく、谷口は息苦しそうに呼吸を続けていたが、やがて俺の手を握ると、 「キョン……ごめんな……騙しちまってごめんな……」 「いいんだっ……気にするなっ……」 もう俺の目からは土砂降りのごとく涙があふれ出ていた。長く付き合ってきた友人が目の前で息絶えようとしている。 そして、俺はそれを見ていることしかできない。悲しさと悔しさともどかしさが入り混じり、頭がおかしくなりそうだった。 そして、谷口が続けた言葉。俺はこれで完全に我を忘れてしまう。 「こんなことやりたくなかったんだ……。でも、あの子と家族が人質にとられていて……」 これを聴いた瞬間、俺は頭が爆発するんじゃないかというほどの血が上り、ひどい頭痛とめまいに襲われた。 ノートは全部読めなかった。だが、最後に書いてあった内容に、谷口は国木田以上にまずい状態にあるとされていた。 それが家族や恋人を人質にとられているっていうことだったのだろう。 「機関にスカウトされたときに……俺は最初は断ったんだ……でも、そうしたら奴らあの子が どうなってもいいのか言い出しやがった……当然、家族もだ……俺はNOとは言えなかった」 目もうつろで谷口は独白するように続ける。やがて、俺の方に顔を向けると、 「俺が死んだら……あの子と家族はどうなるんだろう……?」 「……わからない」 谷口の問いかけに俺は首を振って答えることしかできなかった。 次第に、俺の手を握っている谷口の力が弱くなっていく。 「キョン……頼む……あの子と俺の家族を……助け……助けて……」 その言葉を最後に、谷口の口が動かなくなった。俺の手から谷口の手がするりと抜け落ちる。 俺は谷口が息を引き取ったことを確認すると、開いたままだった目を閉じてやった。 そして、俺は谷口の武器を取り出すと、くぼみから立ち上がった。この時点で俺は完全に自分を見失っていた。 ……あいつら全員ぶっころしてやる……! ◇◇◇◇ タタタタと俺はSA近くの山の頂上から自動小銃を撃ちまくっていた。目標はSA内を移動していた 森さんと新川さんだ。距離は遠いが十分に届く距離ではある。 だが、距離が遠いためか二人には全く命中しない。それがわかっているのか、二人とも物陰に隠れることもなく じっとこちらを伺っているようだった。なめやがって。とはいっても、俺もここで撃ち殺せるとは思っていないけどな。 しばらくこのまま撃ち続けていたが、森さんたちは一向に動こうとしない。こっちの目的が何なのか考えているのか? それとももう俺の意図を悟られた―― バスっという鈍い音が聞こえたとたん、俺の思考が完全に停止した。見れば、俺の30センチ右側にある木の幹に 銃弾が当たったような痕ができている。当然ながらさっきまでなかったものだが…… 俺はとっさに双眼鏡で森さんたちの様子を伺った。そこには、自動小銃をこちらにぴたりと構えて立っている 新川さんの姿があった。 すぐに俺は身を翻してその場から走り出した。すると、まるで俺の姿を追うように背後を銃弾が飛んでいく。 あの距離からこれだけの精度で射撃できるのか。とてもまともに撃ち合って勝てる相手ではない。 どのみち最初から正攻法でどうにかできる相手とは思っていなかったんだ。落ち着いて作戦通りに進めよう。 ◇◇◇◇ それからの森さんたちの動きは早かった。俺が山を降りると、まるで瞬間移動でもしてきたかのように 新川さんが俺の前に立ちふさがる。しかし、すぐには銃を撃ってこなかった。そりゃそうだな。 俺を殺してしまえばハルヒの元へはたどり着けないってのが機関の見解なんだから。 それが唯一の俺が有利な状況である。 新川さんは自動小銃を投げ捨てると、歳に似合わない機敏な動きで俺に迫ってきた。 俺は近づけないように後方に下がりながら自動小銃を乱射するが、まるでこないだの朝倉のように機敏な動きで 全くヒットする気配がない。本当に改造人間か何かじゃないのか!? すぐに目前まで間合いをつめられると、新川さんはラリアットのように腕を回転させて俺にぶつけてくる。 俺はぎりぎりのところで身体を後ろにそらして、それをやり過ごした――が、今度は足払いをかけられて バランスを崩してしまった。続けざまに頭をつかまれると、今度はヘッドロックをかけてきた。 身体が引き裂かれそうな痛みで悲鳴を上げる。しかし、それでも口からは絶対に悲鳴を上げなかった。 ここで痛みに身を任せればそれ以上動けなくなるかもしれないからだ。 ただし、別の意味での声は上げる。 「痛い! 痛い! 首が折れる! 死ぬ死ぬ!」 自分でも演技くさいとは思うが、新川さんは俺を殺すことができない。オーバーにリアクションをとれば 絶対に力を緩めるはずだ。 案の定、ほんの少しだけヘッドロックの力が弱る。それはそれで身体が動くようになったことを感じ、 すぐさま腰に入れていた拳銃を取り出すと、新川さんの腹の部分に密着させて数初発射した。 驚いた新川さんは俺から飛びのく――んだが、何でまだ動けるんだ? その理由はすぐにわかった。新川さんが自分の迷彩服を調えるように引っ張るとばらばらと銃弾が地面に落ちた。 防弾チョッキか――いやだから! いくら貫通を避けられても、あれだけの衝撃を受ければアバラが折れたり、 内臓のどっかがいかれてもおかしくないはずだろ!? やっぱり改造人間か何かなのか!? やはりまともに相手をするわけにはいかない。俺はまた自動小銃を撃ちながら、新川さんから走って逃げ出した。 ◇◇◇◇ 「……来たか」 前方の獣道を新川さんが歩いてくるのを、茂みの中で身を潜めていた俺は確認した。 あの後、全速力で俺は逃げ出したんだが、不思議なことに新川さんは追ってこなかった。 いや、走って追いかけてこなかっただけだが。おかげでこちらの準備にもある程度余裕ができた。 新川さんが歩いてくる獣道には、俺が仕掛け爆弾のトラップが仕込まれている。 あと数メートル新川さんが前進すると、獣道に張っておいたロープに足を引っ掛け、その衝撃で 両脇に仕掛けてある手榴弾のピンが抜けるという寸法だ。いくら防弾チョッキをつけていても至近距離で手榴弾の破片を 浴びれば、身体の中まで機械製とかでない限り耐えられまい。 新川さんがトラップの位置に迫る。さあ来い。一歩先で谷口の仇をとってやる…… だが。 「新川」 突然かけられる声。その発生源は俺のすぐ横だった。あまりの脈絡のなさに俺は一瞬声を上げてしまいそうになるが あわてて手で口を覆う。 見れば、いつの間にやら森さんが俺の右数メートルの位置に立っていた。全く気がつかなかったぞ。 本当に瞬間移動ができるんじゃないだろうな? しかし、幸いなことに森さんは俺の存在までは気がついていないようだ。そのまま新川さんの元に近づき、 「迂闊よ。これを見て」 そう言って持っていた自動小銃の先でトラップのロープを突っつく。ちっ、もうちょっとだったのに、 森さんに気がつかれちまったか。 ――だが、それがばれるのも計算のうちだ。正攻法じゃあの人たちにはかなわないからな! 俺は手元に引かれているロープ2本を思いっきり引っ張った。気がつかれることを考えて、こちらからでも 手榴弾のピンが抜けるように細工しておいたのさ。 すぐに森さんたちはピンの抜ける音に気がつき、逃げようとするが即座に周辺の手榴弾4発が炸裂した。 映画とかとは違い、手榴弾が爆発しても火が出たりはしない。代わりに激しい衝撃と火薬の中に混ぜられていた鉄くずが 周辺に飛び散り、草木が悲鳴を上げるかのようにざわめいた。 しばらく砂煙がたちこめ視界が利かない状態になった。俺は確認したい気持ちをぐっと抑え、 煙が晴れるのをじっと待った。 2~3分ほど立つと砂煙は完全になくなった。森さんと新川さんが折り重なるように地面に倒れているのが見える。 俺は本当に死んだかどうか確認すべく茂みから出て、二人の元に駆け寄った。 二人とも顔がささくれるようになりスプラッタ映画状態だ。白目をひん剥き、どうみても生きているようには見えない。 「…………」 俺はしばらく呆然とそれを見つめる。谷口の仇を取ったという気分よりも、あの二人がこんなに簡単に くたばるだろうかと不安になってしまう。 だが、立ち止まっている場合ではない。まだ古泉が残っている以上、こんなところで立ち止まっている場合ではない。 俺は2,3回頭を振ると、その場から走り出した。 ――違和感は確かにあった。だが、罪悪感は全くなかった。 ◇◇◇◇ 「動くな」 俺は自動車道の上で古泉の後頭部に拳銃を突きつけていた。森さんたちに任せておけば安心だと思っていたんだろうか。 能天気にぼけっとしているもんだからあっさりと背後に取り付けてしまった。 「おやおや、まさか森さんたちを出し抜いてきたんですか? ちょっと以外ですね」 淡々とそんなことを言ってきやがった。背後に立っているせいで古泉の表情は見えなかったが、 どうせいつものニヤケ顔なんだろう。余裕じゃねえか。 「まず、国木田のノートを返してもらおうか。後で告発の証拠として使わせてもらうからな」 「どうぞ」 古泉はあっさりとノートを俺に背を向けたまま渡してきた。俺はそれをズボンにねじ込む。 「さて……これからどうするつもりですか?」 「確認したいんだが」 ――俺は一拍置いてから、 「はっきりと言っておくぞ。森さんと新川さんは死んだ。多丸兄弟もだ。これで機関の人間はお前だけってことになる」 「そのようですね」 「谷口は脅迫されていた。家族と恋人を人質に取られて無理やり連れて来られたらしい」 「知っています」 「……お前は違うのか? もう他の連中はいない。正直に答えてくれ」 俺は祈るようにその言葉を古泉に告げる。そうだ。お前も谷口と同じように機関から脅迫されていたんだろ? でなけりゃ、こんな命を賭けた仕事なんてやるはずがないからな。それにお前は超能力者だから機関から 目をつけられる理由も十分にある。さあ、答えてくれ。そうだって。 だが、古泉が言い放った言葉は、俺を完全に裏切った。 「答えはNOです。僕は僕自身の意思で機関に所属し、ここまでやって来ました。 誰からも強制されていませし、脅迫も受けていません。僕はね、心底機関に忠誠を誓っているんですよ。 得体の知れないこんな超能力を持っているにもかかわらず、彼らは僕を必要としてくれました。 待遇もすごくいいですし、今の立場に非常に満足しています。あと、機関の上層部が持っている人類独立の目標にも 強く賛同していますから」 「そうかよ……!」 俺は古泉から返された裏切りの返答にはき捨てるように答える。さっき言っていた通り、今までSOS団として なじんできているのは全部フリだけだったのかよ。ハルヒや朝比奈さん、長門、そして、俺を裏切ってきたのか。 「それが僕の任務だったんですよ。涼宮さんに近づき、できるだけ理想である人物を演じ、ずっと機会を伺う。 全ては機関の指示――そして、理想を果たすためにね。これで満足ですか?」 「……ああ、満足だ。初めててめえの本音が聞けて、俺の怒りは最高潮だからな……!」 俺の頭の中にあった最後の希望の火は完全に消えてしまった。古泉が裏切った――いや、最初から仲間ですらなかった ことがわかってしまった以上、もうあのときのSOS団には戻れない。俺の知っている胡散臭いが信頼できる古泉は もうどこにもいなくなってしまったのだから。 裏切られた怒りともう元には戻らないという絶望。両者が入り混じり俺は軽いパニック状態に陥っていた。 おかげで何のためらいもなく引き金を引けそうだがな。 「質問はそれだけですか? では次は?」 「……今考えているところだよ」 俺は苛立ちをこめて返す。正直、古泉が脅迫されているんだと信じていたし、そうであってほしかった。 だから、万一そうでないときのことなんて全く考えていなかったのが本音だ。しかし、混乱しているためか どうするべきかなかなか頭が回らない。 「そうですか……!」 ――次の瞬間、古泉がくるりと振り返ったかと思うと、俺に向けて腕を振り回した――いや、その手に握られている ナイフで俺を切りつけてきたんだ。 そして、俺は反射的に一発の発砲する。狙ったつもりはなかったが、その銃弾はきれいに古泉の額に命中した。 撃たれた衝撃で古泉は仰向けに倒れる。 「……ちくしょうっ!」 目を見開いたまま、路面に大の字で倒れた古泉を見て、俺は毒づいた。ピクリとも反応しないところを見ると 完全に即死だったのだろう。苦しむ暇もなく、自分が死んだことにすら気がつかないように呆然とした表情を浮かべていた。 「何で……こんなことになっちまったんだよ……」 俺は力なく路面に座り込んでしまう。 ハルヒの無実を証明するため、SOS団としてまた日常を過ごすために俺はここにやってきた。 にもかかわらず、その内の一つがかなわぬ夢と化してしまったのだ。この先、俺一人で北高まで向かい、 ハルヒを助け出してきたとしても、もう以前のようなSOS団はできない。事故にあったあの日より前にはもう戻れないだ。 それを認識したとたん、俺はどうしようもないけだるさに襲われた。何もする気が起きない、何もしたくない…… 「でも、そういうわけにはいかないんじゃない?」 唐突にかけられた声。俺が顔を上げると、そこには消えたはずの朝倉涼子の姿があった。 なぜだ? 古泉と長門に消されたはずじゃなかったのか? 俺はあわてて立ち上がり拳銃を向けようとするが、持ち前の高速移動であっという間にそれを取り上げられてしまった。 そして、すぐに自動車道の外に投げ捨ててしまう。 「安心して。あなたに危害を加えるつもりはないの。ただ、ちょっと話したいことがあるだけ」 「……何の話だ?」 やわらかい微笑を見せる朝倉だが、俺の警戒心が解かれることはない。こいつには何度も危ない目にあわされているんだ。 今だって安心させておいて、ドスッとやられかねない。 朝倉はまず手に持っていたノートを開き――いや待て! あれは国木田のノートだ。俺が持っていたはずなのに いつの間に奪いやがったんだ? 「ごめんね。ちょっと借りるわよ」 「返せ!」 俺はあわてて取り返すべく飛び掛るが、それをひらりと朝倉はかわしてノートを読み続ける。 相変わらず、あの異常な身体能力は健在なようだ。これじゃ、捕まえようがねえ。 しばらく俺との鬼ごっこが続いたが、やがて朝倉は全てのページを読み終えると、 「ふーん。大体、理解できたわ。で、このノートの結果がこれ?」 朝倉は死体となって動かなくなった古泉を指差す。俺は朝倉を追い回したおかげで上がりきっていた呼吸を整えつつ、 「ああ、その通りだ。人のことを散々騙しやがったからな。当然の結果だ」 「へえ、でもこのノートに書かれているのって、あたしのポエムだけど? それでどうしてそんな結果に?」 「……は?」 朝倉から返ってきた想定外の言葉に、俺は間の抜けた返事をしてしまった。バカ言え。 そこには国木田が書いた機関の悪行の告発が書かれているんだぞ。 「読んでみたら?」 そう言って朝倉は俺にノートを投げつける。そして、それを開いて見て驚愕した。 そこにはさっきまで読んでいたはずの国木田の告発文が一切なく、代わりに女性が書いたような丸みを帯びた文字が 並んでいるからだ。全てのページを見ても同じ状態になっている。いや待て―― 「……偽物とすり替えやがったのか。本物はどこに隠したんだ?」 「ううん、それはあなたから借りたときと全く同じものよ」 「嘘をつけ! 俺が読んだノートはこんな……」 俺はそう激高しながらノートへ再度目を落としたときに気がつく。そこには俺が知っているあの国木田の書いた 告発文が並んでいた。 「どういうことだ? 何がしたいんだ?」 朝倉がノートに細工をしているのか。だが目的が分からない。そんなことをやって何の意味がある? 訳が分からなくなって、朝倉を怒鳴りつける。だが、朝倉は全く動じず、 「ま、大体分かったけどね。もうちょっとそのノートを読んでみたら?」 とりあえず、朝倉の言うように俺はもう一度ノートを読み始めた。同じ内容だと最初は思った。だが何かが違う。 告発の内容は大筋では一緒だった。だが、微妙にページの位置がずれていたり、俺がさっき古泉から 聴かされた裏切りの言葉まで書かれている。最初に読んだときはこんな内容はなかったはずだ。 まだ読んでいなかった部分かと思ったが、それはもっと先ページの箇所だった。どうなってやがる……!? さらに気がついたが、ページをめくったりしているうちに、同じページであるはずなのに内容が 微妙に異なっていることに気がついた。内容ではなく、改行の位置やページを跨ぐときの最後の文字が違う。 まさか……と思いつつ俺は、今度はあることを念じながらページをめくって見た。 すると、頭に浮かべた内容がそのままページに書かれているではないか。 「ど、どういうことだよ……!?」 俺は明らかに動揺していた。思ったことがそのままノートに書かれる? そんな馬鹿なことがあってたまるか。 それなら――それが本当なら―― 朝倉は頭がこんがらがっている俺から再度ノートを取り上げると、 「思ったとおりの内容がここに書かれるみたいね。結構面白いわね、これ。 でも、こんな惨事の原因となったノートの内容もあなたが思い浮かべていただけの妄想ってことになるんじゃない?」 ドクンっ……俺の心臓が跳ね上がった。そんなわけがない。そんなわけがないんだ。 ああ、そうだ。このノートに書かれている内容がただの妄想っていうなら、古泉たちの言っていたことと 明らかに矛盾することになるんだぞ。ここに書かれているとおりのことを機関の連中は口に出していっていたんだ。 ただの俺の妄想だったら、古泉たちは当然それを否定するはずだ。 「あら、このノートもっと面白いことができるみたい」 そう言って朝倉はノートを見つめ始める。すると、SAの建物が突然大爆発を起こし木っ端微塵に砕け散ってしまった。 なんて事しやがる―― だが。 俺の脳裏にある可能性がよぎった。いや、これもただの妄想に違いない。そんなご都合主義なことがあってたまるか。 あるわけがない。ありえない! だが、朝倉が俺に告げた内容は、 「このノートに書いてあることは現実にも反映されるみたいね。ああ、なるほど。だから、あなたの妄想が ノートに反映されてそれが現実になってしまったってことみたいね」 「バカ言え! そんなわけがあってたまるか! そんな馬鹿げた話があってたまるか! そんなわけが――」 「でも、それが現実よ。ここは閉鎖空間。何が起こっても不思議はないわ」 朝倉の声がとても冷たく感じた。 あるわけがない。 あってたまるか。 なぜなら。 なぜなら! そうならば、俺が古泉たちを…… あんな非道な連中に仕立て上げたことになっちまう! 「あなたがそれを全て考えていたわけじゃないかも。きっと誰かの誘導は入っているはずよ。 でも、あなたはちょっとそれらしいことを吹き込まれただけでそれを信じ、あまつさえ妄想を拡大させてしまった」 やめてくれ。 「本心の部分で疑ってしまっていた。だから、他の人たちを信じられなかった。信じられると思っているなら、 こんなノートとっくに破り捨てているはずだしね」 やめてくれ! 「そう……これはあなたが無実の人たちを殺したことと同じ。どうする? どうやって責任を取るつもり?」 閉鎖空間に俺の悲鳴が響く…… ~~その4へ~~
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※注意書き※ 涼宮ハルヒの驚愕γ(ガンマ) のγ-7の続きとなります。 思いっきり驚愕のネタバレを含むので注意。 γ-8 翌日、火曜日。 レアなことに、意味もなく定時より早く醒めた目のおかげで、俺は学校前の心臓破り坂をのんびりと歩いていた。日々変わらない登校風景にさほど目新しさはないが、一年生らしき生徒どもが生真面目に坂を上っているのを見ると去年の自分の影がよぎる。 そうやってのびのび登校できんのも今のうちだぜ。来月にでもなりゃウンザリし始めることこの上なしだからな。 ふわあ、とアクビしながら、俺はやはり無意味に立ち止まった。 突然にSOS団に加入してきた佐々木、その佐々木を神のごとく信仰する橘京子、そして、何をしでかしてくれるか予測すらつかない周防九曜。 さて、これから何がどうなるのかね? 「ふむ」 俺は生徒会長の口調を真似てみた。考えていても前進せんな。まずは教室まで歩け。そこで団長の面でも拝むとしよう。俺の学校生活はそうせんと始まらん。いつしかそういう身体になっちまった。 その日の授業中、ハルヒはロープで繋いでおかないと宙に舞い上がりかねないほどソワソワした機嫌を維持していた。そのお眼鏡に適う新入団員を得られたのがよほど嬉しいようだ。 その日の昼休みも、ハルヒ謹製弁当と俺の母上作弁当との間の強制的おかず交換が実行され、クラスの連中から好奇の視線が向けられた。 ハルヒよ。これずっと続けるつもりか? 一緒にメシ食うぐらいならともかく、こんなことを毎日やっていたら本気で勘違いする奴が出てくるぞ。 校舎中のスピーカーが本日の営業終了を伝えるチャイムを鳴らし終えるとほぼ同時に、ハルヒは俺の腕をつかみ教室からすっ飛んで行った。目指すは、当然、我らが文芸部室である。 俺と古泉はUNOで対戦、朝比奈さんは部室専用メイド、長門はいうまでもなくいつもどおり。 ハルヒはパソコンを立ち上げるとなにやら印刷し始めた。 やがて、佐々木がやってきた。 「やあ、待たせたね、キョン」 おいおい、いくらなんでも早過ぎないか? 佐々木の学校からここまで来るには結構時間がかかるはずだが。 俺にしか聞こえない小声で古泉が答えた。 「『機関』から送迎の車を回してます。橘さんの依頼もありましたしね」 なるほど、そういうことか。 「団長に挨拶なしというのは、どういうことかしら?」 ハルヒがまるで姑が嫁をいびるかのようにそう言った。 「ごめんなさい。うっかりしてたわ」 「次からは気をつけなさい」 そして、唐突にこう宣言した。 「これから、佐々木さんには入団試験を受けてもらいます。今はあくまで仮入団段階。試験で落第点をとったら退団となるので、心して受けるように」 「おや、それは初耳ね」 いつものごとくハルヒの突発的思い付きだろう。 ハルヒは、ちょうどいい暇潰しネタを見つけてしまったようだ。佐々木も災難だな。 プリンタから吐き出された紙が一枚、佐々木に手渡された。 「試験は、ペーパーテストよ。制限時間は三十分。文字制限はなし」 そして指し棒をスチャッと伸ばし、 「始め!」 佐々木は、机に向かって、シャープペンを動かし始めた。 俺は、ハルヒが余計に印刷してしまったらしい紙を手に取ると、書かれている内容を確認した。 ・Q1「SOS団入団を志望する動機を教えなさい」 ・Q2「あなたが入団した場合、どのような貢献ができますか?」 ・Q3「宇宙人、未来人、異世界人、超能力者のどれが一番だと思うか」 ・Q4「その理由は?」 ・Q5「今までにした不思議体験を教えなさい」 ・Q6「好きな四文字熟語は?」 ・Q7「何でもできるとしたら、何をする?」 ・Q8「最後の質問。あなたの意気込みを聞かせなさい」 ・追記「何かすっごく面白そうなものを持ってきてくれたら加点します。探しといてください」 これのどこがテストなんだ? 単なるアンケートだろ? それでも、佐々木は真面目に取り組んだようで、回答はA4用紙表裏2枚にわたる大作となった。 ハルヒは渡された回答用紙を読み終わって、 「まあ、及第点ね」 ハルヒは回答用紙を適当に畳んでポケットに収めた。 「おい、俺にも見せろ。あんな問題でどうやって4ページにわたる大作論文が書けるのか興味がある」 「それはダメ」 にべもない返事だった。 「守秘義務に反するわ。個人情報でもあるし、やたらと見せるわけにはいかないの。これはあたしが決めることだから、あんたに見せても意味がないってわけ」 よく輝くデカい瞳で俺を睨み、 「特に興味本位のヤツにはね。団員の選定は団長の仕事よ」 団長は断固拒否の態度を崩さなかった。 その後、俺は、朝比奈さんの豊潤な芳香立ち上るお茶で満たされた湯のみを片手に、UNOで古泉に連勝し続けた。 無事テストをパスした佐々木は、朝比奈さんとお茶の薀蓄を語り合っている。 さりげなく長門に目を向けてみた。 読書を続ける文芸部部長は、椅子から一ミリも離れず不動たるノーリアクションのままである。 長門が無変化で無言の体勢を崩していないということは、何の問題も起きていないということでもある。少なくても、あの九曜に動きはないようだ。 いつものように長門が本を閉じるのを合図として、団活は終了した。 昨日と同じように佐々木と帰路を共にすることになったが、いくら訊いても入団試験の回答内容は教えてくれなかった。 「団長の意向に逆らったら、退団させられるかもしれないからね」 佐々木の顔は、どう見ても自分の言葉を信じているようには見えなかった。 わざわざ学外の人間を入団させたんだ。ハルヒは、佐々木をそう簡単に退団させたりはしないだろう。 そのことは、佐々木も分かっているようだった。 γ-9 翌日、水曜日。 これが一時的なのか、この後も続いて加速度を増すのか、とにかくポカポカ陽気は春を超えて初夏というべき気候にホップステップという感じでジャンプアップを遂げていた。そういや去年もこんなんだったような。 どうやら地球はどんどんヌクくなりつつあるようで、それが人類のせいなんだとしたら早いとこなんとかしないと、シロクマや皇帝ペンギンから連名の抗議文が全国各地の火力発電所気付で届くに違いない。字の書き方を教えに行ってやりたい気分だ。 そんなわけでこの朝、登校ナチュラルハイキングに甘んじる俺のシャツは早くも汗で張り付くようになってきた。隣の芝は青々と茂って俺の目にうすら目映く、それにつけても冷暖房完備の学校が憎くてたまらん。 今度会ったら生徒会長に注進してみたい。実際的な予算の有無はともかく、喜緑さんの宇宙的事務能力ならエアコンの二十や三十、たちどころに設置完了となるかもしれない。 俺の足取りはいつものペースだが、多少早歩き気味なのは無常な校門が閉ざされてしまう時間ギリギリであるせいである。 いつものことなんだが、余裕をもっての登校がついぞ実行できてないのは、家を出発する時間がおおむね決まっており、遡れば起床の時間も一年から二年になっても変化していないという事実をもってその答えとしたい。 一回間に合いさえすれば、次からも同じ時間での発走となるのは、実は人間が持つ経験値蓄積の結果と言うべきだろう。用もないのに早朝の学校に行きたがる生徒なんざ、ボロ校舎に倒錯的な趣味を持つフェティシズムの持ち主だけさ。 本日、通学路の途中、毎度のことながらひいひい言いつつ坂道を上っていると、背後から意外な人物の声がかかった。 「キョン」 国木田だった。俺の後を急いで追ってきたんだろう、国木田は荒い息を吐きつつ、 「佐々木さんがSOS団に入ったそうだね」 なんでおまえが知ってるんだ? 「昨日、校内でばったり会ってね。あまり話す時間はなかったけど、中学時代と変わってなかった」 まあ、そうだな。 「でも、佐々木さんもキョンも最近、九曜さんと知り合ったと聞いたときには驚いたよ。こんな偶然もあるのかなって」 おいおい、なんでおまえが九曜を知ってるんだ? 「谷口の元カノだよ」 前に言ってたクリスマス前に交際が始まって、バレンタイン前に振られた彼女か? 驚いた。それは、本当に偶然なのか? 「世間は意外に狭いってことなんだろうけどね。ただ、谷口には悪いけど、九曜さんに最初に会ったとき、関わり合いにならないほうがよいと直感したんだ。なんか普通の平凡な人間とは違うような気がしたから」 鋭い────。とも言えないか。あの九曜を見てうさんくささを感じないまともな人間がいるとも思えんからな。国木田の感想は至極まっとうなノーマル人間のそれだろう。 「僕なら彼女と付き合ったりはしないね。谷口くらいのものさ。でさ、実はね────」 声をひそめた国木田の顔が接近した。 「ちょっと言いにくいんだけどさ。僕は似たようなことを朝比奈さんや長門さんにも感じるんだ。 気のせいだとは思ってるんだけど、どこかが違う。けれどあの鶴屋さんが足繁くキョンたちの輪に入っていることを考えると、それは警戒するものでもないだろうとも考えるんだけどね。 いや、ごめんよ、キョン。気にしないでくれよ。一度言っておきたかったんだ。SOS団でまた僕の活動が必要なときはいつでも声をかけて欲しいね。できたら鶴屋さんと一緒がいいな」 その後、教室まで、俺と国木田はどうでもいいような日常的会話に終始した。国木田は言うだけ言ってそれっきりすべての興味をなくしたように、中間試験の心配や、体育の授業でする二万メートル走への愚痴を語っていたが、なかなか見事な日常話題への切り替えだった。 こいつはこいつで俺にライトなアドバイスをしてくれているつもりなのか。特に鶴屋さんへの言及は、漠然としながらもなかなか核心をついた洞察力だと言わざるをえないだろう。 ここにも俺たちをよく解らないまでも心配の種としている同級生がいるわけだ。何しろ国木田は俺と佐々木を知っている唯一のクラスメイトだしな。俺たちの間に何か奇妙かつ歪んだ関係性めいたものがあると感づいていてもおかしくない。 聡く、親身になってくれる友人を持って俺はなんと幸せ者か。テスト前のヤマ張りでもお世話になっているし、中学時代からの付き合いでもあることだし、そろそろハルヒにかけあって単なるクラスメイトその一以上の認識を与えるべきだろう。 ただし谷口は除かせてもらうがな。奴には永遠の一人漫才師がお似合いだぜ。 きっと国木田もそう思っているのだろう。だから、先ほどのようなセリフを俺たち二人しかいない、このタイミングで俺に吐露したんだ。 どうも俺の周辺の一般人ほど、なんだか妙に勘がさえてくるみたいだな。誰の影響だろう。 午前午後の学業時間はこれということなく進行し、俺が授業の半分くらいをうつらうつらしている間にいつのまにか終業のチャイムが鳴っていた。 なお、本日の昼休みもハルヒ謹製弁当と俺の母上作弁当との間で強制的おかず交換がなされたことを付言しておく。 放課後。 ハルヒとともに団室に入った俺は、鞄を床に置き、古泉の向かいに座った。 「どうです? 一局」 古泉が、テーブル上の盤を俺のほうに寄せてくる。 「なんだ、これは」 一風変わった盤上に丸い石。刻まれている漢字は『帥』とか『象』とか『砲』などの、動かし方の検討もつかないチャイニーズミステリアスな様相を呈する駒だった。 オセロでも囲碁でも軍人将棋でも連戦連敗の古泉め、今度こそ勝てそうなボードゲームを搬入してきたということか。 「中国の将棋です。象棋(シャンチー)とも呼ばれていますね。ルールさえ覚えたら、気軽に誰でも楽しめますよ。たいして難しくはありません。少なくとも大将棋よりは手短に終わるでしょう」 そのルールさえ、という部分が問題なのさ。そいつを覚えるまで俺は連戦連敗の苦汁を舐め続けるに決まってるじゃないか。花札にしないか? オイチョカブでもコイコイでも母方の田舎ではちょいと鳴らした経験がある。 「花札は盲点でしたね。いずれ持参しますよ。それでこの象棋ですが、チェスや囲碁将棋と同じでゼロサムゲームだと解っていれば、それで充分です。あなたならたちまちのうちにルールを飲み込めます。 差し掛けの囲碁の盤面を見て、あっさり勝敗を看破できる実力があれば鉄板ですよ。これもボードゲームとしては運の要素があまりありませんから、あなた向きだと思いますよ」 余裕の笑みを浮かべ、 「では、最初は練習ということで、初戦は勝敗度外視でいきましょう。まずこの『兵』いう駒の動かし方ですが──」 俺は古泉に教えられるまま、駒を並べ、それぞれの動きの把握にかかった。将棋に近いが細かい部分はけっこう違う。まあチェスやオセロにも飽きていたことだし、新しいボードゲームに親しむのも悪くはないかな。 「お待たせしました」 天使のような声色とともに、お盆に湯飲み載せた朝比奈さんが視界の中に入ってきた。 「ルイボス茶といいます。カフェインゼロで健康にいいそうです」 朝比奈さんから湯飲みを手に取り、赤茶けた液体を一口すすり、同様の行動をとった古泉と数秒後に目が合った。 「……風変わりな味ですね」 微苦笑とともに感想を述べた古泉とまるごと完全に同感である。決して不味くはない。かといって刮目するほどの美味さでもない。むしろ口に合わない、妙な風味がする。 これなら煎茶や麦茶のほうが忌憚なくがぶ飲みできるだろうが、正直に舌の具合を報告するには俺はちと小心者すぎた。 「違うのとブレンドしたほうがいいかなあ?」 朝比奈さんはさらなる改良を思案しているようだった。 そこに佐々木がやってきた。 ハルヒは、佐々木がやってくるなり、 「佐々木さん、パソコン詳しい?」 「人並み程度だけど」 「そう? じゃあ」 団長机に鎮座するコンピ研印のパソコンディスプレイには、例のSOS団ウェブサイトが、かつて俺が作った状態のまま表示されている。 もちろんショボいレイアウトにチャチなコンテンツと、意味のある文字列などメールアドレスしかないという、今時日進月歩で進化し続けるネットの世界において、ほとほと時代遅れなホームページであると言わざるをえない。 ブログ? 何それ? って感じのデジタルデバイトっぷりである。 そのうちリニューアルすべし、とハルヒの意気だけは高かったが、もっぱらその役目は俺に任じられており、そしてそんなもんはまったくする気のなかった俺はなんやかんやと理由をつけて先延ばしにし続けていたわけで。 実際、SOS団の名がネットワークに流失して誰一人幸福な結果になりそうにないというのは、去年のコンピ研部長の件でも明らかだったため、ハルヒには適当に忘れていて欲しかったのだが。 アクセスががんがん増えてネット内知名度を高める野望を未だ捨てきっていなかったらしい。 もちろんハルヒは長門がロゴマークに細工したことを知らないし、気づいてもいない。 「サイトをもっと人目を呼ぶようなのにしたいだけど、できるかしら?」 と、ハルヒは付けっぱなしのパソコンモニタを指さし、 「SOS団のメインサイト。キョンが作ったきりのまるで殺風景な役立たずな代物なのよ。なにより美しくないわ。世界にはもっとスタイリッシュで情報満載なサイトがたくさんあるっていうのに、これじゃワールドワイドウェブの名が泣くというものよ」 悪かったな。 「ご期待にそえるかどうかは解らないけど、やってみるわ」 古泉と象棋に集中している間も、俺は他の団員の様子をちらちらと窺っていた。 長門は本を読んでいる。黙々と読んでいる。新しい団員が増えたところで所詮それは文芸部の新戦力ではないと達観しているのか、一年前からこの部室での態度はアイスランドの永久凍土のように不変だった。 膝に置いている単行本がやや薄茶けているが、古本屋から掘り出し物を入手した稀覯本なのかもしれない。こいつの行動範囲も市立図書館から広がりつつあるのか。 寂れた古書店を巡ってふらふらした足取りで本棚から本棚へと移動している長門を想像し、俺の精神はどことなく落ち着いた。 佐々木にウェブサイトデザイナーの才能はなかったらしく、SOS団ホームページは結局はあまり前と変わり映えしない感じに落ち着いた。佐々木に言わせれば細かい点ではいろいろと改良されたということらしいのだが、見た目では解らん。 帰り道。 俺と佐々木の今日の議題は、国木田が朝、話していたことだ。 周防九曜について、佐々木の率直な意見を聞いてみたかった。 「九曜さんについては、僕もいろいろと試行錯誤しながら考えてみたんだけどね」 佐々木はそう前置きしてから、 「僕は子供の頃から、地球外生命体がいるのなら、いったいどんな姿形をしているのかと想像していた。小説やマンガでは、光学的に視認できる形状のものが多かったし、ある程度の意思疎通も可能であることが前提条件だった。 たとえば素数の概念を理解してくれたりね。翻訳機という便利なアイテムが登場することも稀ではなかったな」 そこから始まる宇宙的対話がキモであるSFは枚挙のいとまがない。これでも俺は長門の影響で最近の小難しい海外SFを多少はたしなんでいる。フィクションから学ぶことだって多いのさ。 「ま、それはそれで置いとくとして、長門さんの情報統合思念体や、九曜さんの広域帯宇宙存在については、どうやら人間の紡ぐ解りやすい物語上の異星人とは根本的なズレがあるように思える」 火星や水星にヒューマノイドタイプの宇宙人がいたと書いていた前時代のSF作家たちに聞かせてやりたい言葉だ。たぶん当時よりもっと面白い物語活劇を書いてくれだろうにな。 「そうだね。SFに限定することもなく、例えばJ・D・カーがこの時代に生きていたら、現代技術を取り込んだ奇抜で新機軸な密室トリック小説を大量に生み出して、僕を読書の虜にしてくれたものなのにね。 いっそカーを時間移動で現在に連れてこられないものだろうか。キミの朝比奈さんに頼んでみてくれないかな。真剣にそう思うよ」 残念だが俺だって過去に連れて行かれたことがせいぜいで、未来には行けてない。きっと禁則事項やら何やらで、進んだ時間の世界には行けないことになってるんだろう。 「それは余談だけどね。思うに、彼女たちは僕たち人間の価値観と理屈が理解できないんじゃないかな。 高次元の存在が無理矢理、人間のレベルまで降りてきているわけだから、何を話しているのかは解っても何故そんなことを話しているのか解らない。あるいはどうしてそんな話をする必要があるのか解らない、みたいにね。 5W1Hのうち、誰とどこは判断できても残りが全然ダメだとしたら、そんな存在とまとな対話ができると思うかい?」 思わないね。長門の言ってることすら納得不能に近いのに、九曜に至っては5W1Hのどれも噛み合わない感じだ。 しかし、佐々木は、 「この手のコミュニケーション不全は特に難しい問題ではない。たとえばキミはミジンコやゾウリムシの価値観を理解できるかい? 百日咳バクテリアやマイコプラズマと一緒に談笑できると想像できるかな?」 俺の知能ではちと難しいことは確かだな。 「単細胞生物やバクテリアが人間レベルの知能を獲得したとしても、きっと同じ感想を抱くと思うよ。この二本足で歩く哺乳類はいったい何がしたくて生きているんだろう。人類はこの惑星と世界をどうしたいのか、と疑問以前に呆れるかもしれないな」 俺自身、何がしたくて生きてるのかなんて考えても解らんからな。全人類的に考えて圧倒的多数派であるとは信じているが。 「たとえばキョン、キミにとって一番大切なものは何だい?」 突然言われても、とっさには出てこない。 「僕もだよ。高度に情報の錯綜する現代社会において、価値観が定量化されることはまずないといっていい」 佐々木の表情と口調は変化しない。 「たとえば、ある人にとっては金銭かもしれないし、情報だと言う人もいるだろう。別の人は絆こそが最も大切だと主張するかもしれない。 それぞれ全然別の価値基準を持っているものだから、自分の価値観のみでこの世のすべてを判断することはできない────と、僕もキミも知っているだけの話さ。だからこそ、問われてすぐさま回答を出すことができないわけだ」 そうかもしれない。 「でも昔の人はそんな問いかけにそれほど悩まなかったと思うよ」 そうかもしれない。 今でこそ情報は好きなときに好きなだけごまんと手に入る。しかしほんの百年、いや十年前でさえ入ってくる情報は限られていた。これが戦国時代、平安時代ともなるとどうだ。 何かを選ぶことに対し現代人より躊躇いは深いものだっただろうか。当時、選びようにも選択肢は限られていたにちがいない。 多様性を増して選ぶ自由が増えたと言っても、逆に何を選べばいいのか悩むのであれば、むしろそれは多様化による選択の弊害になるんじゃないか? どれを選ぶべきなのか何の情報もないとき、人はより多くの人間が選ぶものを手に取るだろう。 それだと本末転倒だ。多様化どころか、実は一極集中が進んでいることになる。価値観の均一化だ。 「どうも異星人たちは拡散よりも均一化を正常な進化と考えていたようなんだ」 佐々木の声は常に淡々としている。 「でも、どうやら違う側面もあると気づいた気配があって、それはたぶん、涼宮ハルヒさんやキミと出会ったことがきっかけになっていると僕は推理するのだがね」 ハルヒはいい。あいつなら火星人に大統領制を承認させるくらいのことならやってのけるさ。しかし、俺にそんなバイタリティはないぜ。 「いやいや、実際、キミはたいしたやつだ。橘さんから聞いた話だけでもね。さすがは、涼宮さんと僕が選んだ唯一の一般人だ」 今の俺の意識は選民意識とはほど遠い地点にある。そんな自信満々に言われてもただ困惑するだけだ。選ぶだの選ばれただの、何なんだよそりゃ、と言いたい。叫びたい。 長門や古泉や朝比奈さんが俺を特別視したがっているのは解っているし、俺だってそこそこの覚悟を持っている。去年のクリスマスイブに腹をくくったさ。それは今でも作りたての豆腐のように心の深奥に沈んでいる。 ハルヒの無意識が何かをしでかした結果として俺がこんな立場に置かれているのは渋々ながらも認めざるを得ないとして、佐々木、お前までもが俺を選んだと言うのはどういうことだ。 ハルヒは徹底的に無自覚なはずで、お前はそうじゃない。神もどき的存在であるという、ちゃんとした自覚があるはずだ。理解しているんだったら教えてくれ。 なぜ、俺を選ぶ。 「ふっ、くく。キョン、キミの鈍重なる感性には前から気を揉ませてもらっていたが、この期に及んでまでそんなことを言うとはね」 愚弄しているのではなく、単に呆れているだけのようだった。 「まあ、それはともかくとして、キミの類稀なる経験を今回も生かしてもらいたいと思う。できれば、話し合いで解決してほしいね」 相手にその気があるのならな。 問題はその相手が何を考えてるのかすら解らないことだ。いきなり武力行使に及ぶ可能性だって否定できない。 相手がそうしてきたら、もう長門に頼るしかない。宇宙人的パワーの前には俺なんてミジンコ以下だろうからな。場合によっては、喜緑さんにも出張ってもらおう。 佐々木は、別れ際にこう言い残した。 「キョン。団共有のパソコンにMIKURUフォルダなんて隠しフォルダを設けるのは、あまり感心しないね。そういうのは、自分専用のパソコンでこそこそやるものだ」 驚愕の俺の顔を置き去りにして、佐々木は颯爽と去っていった。 γ-10 翌、木曜日。 朝から夕方まで普通にルーティーンな授業を受け続ける時間が、ひねもすが地を這うごときにだらりんと続き、ホームルーム終了の合図でようやく俺とハルヒは五組の教室から自由の身となった。 俺とハルヒは一目散に教室を飛び出した。言っておくが俺はあくまで団長殿に腕を引っ張られての強制連行に近いのだぜ。そこだけは勘違いしないでいただきたい。 そうしてハルヒと肩を並べて文芸部室まで行く道のりもいつも通りなら、学内の春的雰囲気も普段どおりである。四月も半ばとなるとすっかり春という季節に飼いならされちまう。 さすがは四季、頼みもしないのに律儀に毎年現れて、悠久の歴史で地球上の生物をコントロールし続けるのも伊達ではないと言ったところか。 だが、毎日毎日、何もかもいつもどおりというわけではなく、 「あっ、涼宮さん。長門さんと古泉くんは今日は用事があって来られないそうです」 部室のドアを開けるなり、メイド姿の朝比奈さんが駆け寄ってきてそう言った。 「そう。なら仕方ないわね。今日は団活は休みにしましょ。佐々木さんにはあたしからメール入れとくわ」 ハルヒはそういうと身を翻して帰っていった。少々残念そうな顔だったな。 解るさ。いつものメンバーが揃わないと団活にならんからな。 メイド服から制服にお着替え中の朝比奈さんを残して、俺も帰路についた。 学校の玄関に到着した俺は、機械的かつ習慣的な動作で自分の下駄箱を開けた。 「ぬう?」 ずいぶんと久しぶりな物体が、揃えた外靴の上に載っていた。 ただし、いつぞやのものとは違って無味乾燥な封筒。宛先も差出人の名も書いてない。 封をあけると、一枚だけの便箋に印刷したかのような明朝体の文字が躍っていた。 ────本日、私の部屋にて待つ。 差出人はいうまでもないだろう。 俺は、すみやかに靴を履き替えると、長門のマンションに直行した。 すっかり馴染みになってしまった長門の部屋。 そこにそろったのは、俺、長門、古泉、喜緑さん、そして、橘京子だった。 いまさらこのメンバーが勢ぞろいしたところで驚きはしないさ。それぐらいの耐性が備わってるつもりだ。 「わざわざご足労いただきすみません」 古泉がいつものスマイルを崩さずに、社交辞令を述べる。 「さっさと本題に入ってくれ。このメンバーで話し合いってことは、なんかあったんだろ?」 「はい。実は、『機関』と橘さんの組織、両方で佐々木さんをSOS団から引き剥がそうとする動きが起きてます」 対立する組織で同じ動きが起きるというのは、奇妙なことだ。 古泉は、それとなく、橘京子に続きを促した。 「組織の中で、佐々木さんがそちら側に取り込まれてしまうことを懸念する勢力が増えているのです」 考えてみれば、それは当然だろうという気はする。 「おまえ個人の意見はどうなんだ?」 「私は、このまま佐々木さんをSOS団に留まらせるべきだと思います。聡明な佐々木さんなら、涼宮さんを近くでじっくり観察すれば、神の力を彼女に保持させ続けることの危険性を理解できると思うのです」 その言葉に嘘はないだろうと、俺は思った。橘の立場ならば、そういう判断もありだ。 「で、『機関』の方は、なんで佐々木をSOS団から引き剥がそうとしてるんだ?」 「佐々木さんの加入以来、涼宮さんの力が活性化しています。ポジティブな方向での活性化ですが、それでも活性化していることには違いありません」 確かに、最近のハルヒは機嫌がいいというか、何か張り合いみたいなのが出てきたというか、ポジティブな方向への変化は見られる。 「このままでは、秋に桜の花が咲いたりといった異常事態が頻発する恐れがあります。ひいては、世界そのものが改変されてしまうかもしれない。まあ、こんなふうに考える人たちが増えてるんです」 『機関』の役目は、ハルヒの訳の分からない力を抑えて、世界がこねくり回されることを阻止すること。 だとすれば、ハルヒの力の活性化原因を除去しようという動きは当然のことだ。 「おまえ個人の意見はどうなんだ?」 「僕は反対ですね。佐々木さんを無理やり引き剥がせば、涼宮さんの力がネガティブな方向に発現されかねません。まず、間違いなく閉鎖空間が頻発するでしょう。それを抜きにしても、SOS団の意思を無視して事を進めることには賛成いたしかねます」 「なんとも奇妙な話だな。敵対する組織同士の利害が一致して、敵対するはずの個人同士の利害も一致しちまった。そして、組織と個人は対立してる」 「僕たちの世界じゃ、別に珍しいことではありません。利害が一致すれば手を組み、反すれば手を切る。普通のことです」 「それじゃ、俺はおまえを信用するわけにはいかなくなるぞ」 「問題は、どこに基本軸を持つかということですよ。僕の基本軸はSOS団にあります。橘さんにとってのそれは、佐々木さんでしょう」 橘が無言でうなづいた。 古泉がいいたいことは、僕とあなたの基本軸は同じですといったところなのだろう。 まあ、その点に関しては、古泉を信用してやってもよいとは思っている。 「僕が気になるのは、現状が変化するとして、情報統合思念体がどう動くかです。長門さん、そこのところはどうでしょうか?」 「情報統合思念体主流派は、涼宮ハルヒの情報改変能力の肯定的な方向での活性化を好ましいものと考えている。それを妨げる行動は阻止することになると思われる」 「穏健派のご意見は?」 これには、喜緑さんが答えた。 「穏健派は、涼宮ハルヒの情報改変能力の否定的な方向への変化を望んではおりません。それは、情報統合思念体の存立を危うくする恐れがありますから。よって、それを誘発する可能性がある動きに対しては否定的にならざるをえません」 少なくても、この件に関しては、情報統合思念体はこっちの味方になってくれそうだ。 これもまた、利害の一致というやつだが。 「問題は、九曜の親玉がどう動くかだな」 俺は、一番の懸念材料を素直に口に出してみた。 「広域帯宇宙存在の行動原理は不明のまま。周防九曜がどう動くかも予測がつかない。現状では彼女は観測に徹しており、特段の動きは見られない」 長門が厳然たる事実だけを述べた。 「そこのところが不気味ですね。彼女たちの基本軸が見えないと、行動の予測もつかないですから。まったくのお手上げですよ」 「周防九曜への警戒は、私と喜緑江美里が継続する」 「現状では、それ以外には対処のしようもありませんね。よろしくお願いします」 事態がややこしくなってきたな。 九曜だけじゃなく、『機関』や橘京子の組織も要警戒か。 「『機関』は僕が多数派工作をしてみます。今のところ決定的な事態にはまだほど遠いですから、間に合うかもしれません。僕のところに『機関』内の情報が流れてこなくなったときが真の危機でしょうね」 「こっちの方は、私が何とかします」 橘はそう言ったが、こいつの組織内での立場からするとあまり期待できない。 となれば、せめて『機関』だけでも味方にとどめておかなければなるまい。いざとなったら、鶴屋さんを拝み倒すしかないだろう。 佐々木は、団長殿に認められたSOS団員なのだ。 その意思を無視して、勝手に引き剥がすなんてことは認められない。 γ-11 もう金曜日か。 この一週間はやたらといそがしかった気がするな。佐々木がSOS団に加わっただけだというのに、なんだか二週間分の人生を過ごしたような気がしている。 やはり九曜とか橘京子の組織とか『機関』とかがどう動くか解らないせいで、どうも気がそぞろになっていかん。 そんな気分で登校し自分の席についたわけだが、ハルヒの席はずっと空席のままだった。 やがて、担任の岡部がやってきて、こう告げた。 「今日は、涼宮は風邪で休みだそうだ」 ハルヒでも風邪を引くことがあるんだな。あいつなら、風邪のウィルスも裸足で逃げていきそうなもんだが。 と、いきなり、俺の携帯が震えだした。携帯の画面を見ると、古泉からだった。 ホームルームの時間中に電話をかけてくるとは、何かの緊急事態だ。 「先生、ちょっとトイレ行ってきます」 俺は、岡部の同意も取らず、教室を飛び出した。 すぐに電話に出る。 「どうした?」 「緊急事態です。至急、部室に集合してください」 いったい何が起きたんだ? γ-12 俺は、全速力で部室に駆け込んだ。 そこには、古泉、長門、朝比奈さん、そして、喜緑さんがいた。 「いったい何が起きたんだ!?」 「涼宮ハルヒが、周防九曜の襲撃を受けている」 長門が、あくまでも淡々とした声でそう告げた。 「なんだって!」 「いきなり本丸を奇襲してくるとは、意外でした。不意をつかれましたね」 古泉の冷静な口調が、俺をいらだたせた。 「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないだろ!?」 俺の叫びを無視するかのように、喜緑さんが口を開いた。 「長門さん、私は賛成いたしかねますね。周防九曜に対応するのは、私たち二人で充分ではありませんか? 人間がいても障害にしかならないでしょう」 「事は涼宮ハルヒにかかわること。不測の事態がないともいえない。可能な限りでの対応能力の確保が必要。それに、彼らがそれを望んでいる」 長門の言葉に古泉と朝比奈さんがうなずいた。 「わかりました。それが長門さんのご判断なのならば、これ以上は何も言いません。情報統合思念体への救援要請は私からしておきます」 長門は無言でうなずくことで、同意を示した。 「私がみなさんを現地に転送します。無断早退になってしまいますが、その辺は私が情報操作しておきますので」 喜緑さんが、呪文を唱えだした。 γ-13 喜緑さんの呪文が終わった瞬間に、俺たちは、ハルヒの家に転移していた。 「こっち」 長門がまっさきに階段を駆け上がっていく。 長門に続いて部屋に飛び込むと、そこにはハルヒと九曜、そして、なぜか佐々木もいた。 「きゃっ!」 ハルヒと佐々木の様子に、朝比奈さんが悲鳴をあげ、俺はしばし呆然とした。 「なんだ、これは!?」 γ-14 ハルヒと佐々木。二人の体の一部が、融合としかいいようがない状態でくっついていた。二人の意識はないようだ。 「てめぇ、何をした!?」 九曜は、こんなときでも、まるでやる気がないような声で、こう答えた。 「融合……完全化」 「なるほど。『力』の器の融合による『力』の完全化ですか。二人が接近するのを放置していたのも、同期率を高めるのに好都合だったからでしょうね」 九曜のあまりに情報量が少ない言葉を、こんなときでも嫌味なほど冷静な古泉が翻訳してくれた。 「私がさせない」 長門が攻撃をかける。 無数の光の矢が九曜に襲いかかるが、すべて弾き飛ばされた。 その間に、長門は一気に間合いをつめて九曜に殴りかかった。だが、九曜が右手がそれを難なく受け止めていた。 「なぜ……融合、望んでない?」 「強制的な融合は、力の対消滅をもたらす可能性がある。容認できない」 「対消滅とは何か」 九曜の髪がうなるように動き、長門が弾き飛ばされる。 長門は、部屋の壁に打ちつけられた。 「くっ」 長門は、何か重たい物が乗っかったかのように、床に倒れ伏した。起き上がろうとしているのに起き上がれない。息が苦しげだ。 「涼宮ハルヒとは何か」 そこに、唐突に銃声が響いた。 古泉がいつの間にか拳銃を握っていた。お前、そんなもんどっから持ってきたんだよ? その疑問に答える者はない。 飛び出した弾丸は、目に見えないバリアのようなもので弾き返された。 「やはり、こんなものは通じませんか」 続いて、一筋の光線が九曜に向けて飛んできたが、これも弾き返された。 その光跡を逆にたどると、そこには未来っぽい銃らしきものを握った朝比奈さんがいた。おそらく、光線銃かなんかなんだろう。 クソ。未来の武器も通用せずか。 ハルヒと佐々木の方を見ると、二人の体は、既に半分がくっついている状態だった。 突然、部屋がぐにゃりと歪んだ。 「その程度の物理攻撃は、九曜さんには通用しませんよ」 そして、空中から忽然と現れたのは、喜緑さんだった。 圧迫が解けたのか、長門がゆっくりと立ち上がった。 「遅れてしまってすみません。あのあと、この部屋が情報封鎖されてしまいまして、解除するのに時間がかかってしまいました」 「言い訳は後で聞く。今は、敵性存在の排除を優先すべき」 「そうですね」 二人は、そろって高速で呪文を唱えだした。 これでこちらの勝利は確実だと思ったのだが、そうは問屋がおろさなかった。 二人の呪文は延々と続き、止まることはなかったのだ。 やがて、二人の顔から汗がしたたり落ちてきた。 宇宙人同士の戦闘については素人の俺でも、これはまずそうだというのは分かった。二人がかりでも、九曜一人にかなわないというのか? 突然、喜緑さんが崩れるように倒れた。 同時に、長門の顔が苦悶で歪んだ。 そして、九曜がゆっくりと長門に近づいてきた。長門は一歩も動けない。 「力とは何か。答えよ」 「この野郎!」 俺は思わず九曜に殴りかかったが、俺の拳は九曜に届くことはなく、俺の体は九曜の髪の毛に巻き取られるように空中に固定された。 「キョンくん!」 朝比奈さんの悲鳴が聞こえた。 銃声が何度も聞こえた。だが、弾丸は九曜には全く届いていない。何度も放たれた光線も九曜の周辺ですべて消失していた。 「あなたは答えてくれる? 涼宮ハルヒとは何か」 九曜は、表情を────劇的と言ってもいい────変化させた。 微笑んだのだ。 とんでもなく玲瓏で美しい笑みだった。 感情の発露というよりは高度なプログラムが完璧に模倣したような笑顔だったが、こんな笑みを向けられた男はどんな朴念仁でも一瞬にして一目惚れ病に罹患する。 耐えられたのは俺でこそだ。事情を知らない谷口あたりなら即、墜落だ。 それは、唐突だった。 九曜の背後に何かが現れたかと思うと、九曜の口からコンバットナイフが飛び出した。それは、九曜の頭を完全に貫通し、俺の心臓に突き刺さる直前で停止した。 ナイフの柄を握る手までもが見える。それだけで、人間技では不可能な力をもって突き刺されたことがわかる。 俺の心臓が無事で済んだのは、そのナイフが誰かの左手で白刃取りされていたからだ。 片手での白刃取りを成し遂げた主────長門はすかさずこう唱えた。 「パーソナルネーム周防九曜の情報生命構成を消去する」 九曜が砂が崩れ落ちるように消えていく。 その代わりに、ナイフを突き刺した人物の姿が明瞭に現れてきた。 北高の長袖セーラー服に包まれたかつての一年五組の委員長が、さっきの九曜に勝るとも劣らない笑みを浮かべてそこに存在していた。 「あら、残念。ついでにあなたも殺せると思ったのに」 「…………朝倉か」 「ええ、そうよ。他に誰かいる?」 ナイフの柄を握る朝倉の握る手と、その刃を白刃取りしている長門の手が、ともに震えていた。両者ともその手に尋常でないエネルギーを注ぎこんでいるようだった。 「協力に感謝する。また会えてうれしい」 長門がそう言った、本当にうれしそうな口調で。 言っておくが俺は全くうれしくないぞ。二度も殺されかけた相手を歓迎するほど、俺はマゾじゃない。 「命じられたから来ただけよ。でも、私も長門さんに会えてうれしいわ」 ナイフは依然として小刻みに震え続けていた。 「あなたの再構成は、敵性存在排除のための措置。彼の殺害は、情報統合思念体の総意に反する」 「そうですよ、朝倉さん」 俺の背後から喜緑さんの声が聞こえた。彼女もいつの間にかすっかり回復したようだ。 喜緑さんはさらに何か呪文のようなものを唱えた。 すると、朝倉と長門の間で震えていたナイフがまるで霧のように消え去った。 と同時に、宙に浮いていた俺の体が床に下ろされる。 「つまんないわね」 「喜緑江美里は私ほど甘くはない。次は有機情報連結解除ではすまなくなる。自重して」 長門が淡々とした口調でそう言った。 「そういえば、あのとき長門さんの処分が決まってたら、処分実行者は喜緑さんになる予定だったんだっけ?」 あのときって、昨年の12月18日のことか? 「情報統合思念体の総意は、不処分と結論付けました。現時点において過去に仮定を持ち込むことには意味がありません」 「まっ、そうだけどね」 朝倉は俺に視線を向けて、 「近いうちに二年五組に転入予定だからよろしくね」 そう言い残すと、部屋から去っていった。 「おい、長門。これはどういうことだ?」 「朝倉涼子は、私のバックアップとして再構成された。今後も広域帯宇宙存在の攻撃の可能性は否定できない。それに備えるため。私と喜緑江美里が監視するので危険性はない」 「そうは言ってもだな……」 たった今だって殺されかけたんだぞ。はいそうですか、ってわけにはいかないだろ。 「彼女は私の最初の友人。仲良くしてほしい」 長門、友達はよく選んだ方がいいぞ。 「さて、このお二人はどうしましょうか」 古泉が、ハルヒと佐々木を見下ろしていた。喜緑さんの呪文で元通りに切り離された二人の意識はまだ回復してない。この状態でいきなり目を覚まされても対応に困るが。 「二人の記憶は改竄しておく。最小限の情報操作でこの事件自体なかったことにする」 「まあ、それが無難でしょうね」 何はともあれ、最大の脅威と見られていた周防九曜は消滅した。 代わりに危ない奴が復活しちまったし、佐々木を巡る『機関』やらの今後の動きは気になるところだが、とりあえずこれはこれで一件落着だろうと、俺は思った。 しかし、それは甘い見通しだった。 γ-最終章 週明け、学校での昼休み。 毎日弁当を作ってくるのに飽きたらしいハルヒが以前のように学食に向けて飛び出していった後に、俺のクラスに朝比奈さんが訪ねてきた。 「キョンくん、ちょっといいですか?」 はいはい。朝比奈さんのお誘いならば、どこへでも参りますよ。 朝比奈さんに連れられて、俺は学校の屋上にやってきた。 朝比奈さんは、どこか元気がなさそうな様子だった。いったい何があったんですか? 「TPDDがなくなっちゃいました……」 ポツリとつぶやかれたその言葉の意味を理解するまで、十秒ほどの時間がかかった。 「どういうことです?」 「あの事件のあと、家に帰った直後でした。いきなりなくなっちゃったんです」 「どうして?」 「原因は分かりません」 「涼宮ハルヒの情報改変能力によるものと思われる」 突然、背後から聞こえてきた声に振り向くと、そこには、長門と喜緑さんがいた。 「我々も、広域帯宇宙存在、情報統合思念体及びすべての急進派インターフェースの消滅を確認した」 長門は、淡々ととてつもないことを告げてきた。 なんだって? 九曜の親玉と、長門の親玉と、朝倉とその仲間がまるごと消えただと!? 「記憶の消去ぐらいでは、涼宮さんの無意識は騙せなかったということでしょう」 長門たちの背後から、ニヤケハンサム野郎が現れた。 「俺にも分かるように説明しろ」 「要するに、涼宮さんは、我々SOS団を脅かす恐れがある存在を、丸ごと消去したわけですよ。二度とあんなことが起きないようにね」 さらに続ける。 「時間航行技術を奪い取って未来人の介入を排除し、強大な宇宙存在を消滅させ、危険な急進派TFEIも消し去った。そして、最後に、自分の『力』も封印した」 今、なんていった!? 「自分の『力』の存在こそが、危険を呼び寄せる原因になったと理解したのでしょう。ちなみにいうと、涼宮さんの『力』が封印されたのと同時に、我々の能力も消滅しました。類推するに、佐々木さんの『力』と橘さんたちの能力も、同様の経過をたどっているでしょうね」 あまりのことに、俺は声も出ない。 「とはいっても、『力』が完全に消滅したわけではありません。封印されただけで、また復活する可能性もあります。よって、『機関』も残ることになりました。 規模は最小限まで縮小されますが、鶴屋家がスポンサーとして残ってくれることになりましたので、資金的には困りません。僕の役割も今までどおりです。橘さんの組織も、同様でしょうね」 「私たちはどうするのですか?」 喜緑さんが、長門をにらみつけるように見ていた。 「我々は、情報統合思念体から与えられた任務を継続する。涼宮ハルヒの『力』が完全に消滅したわけではない以上、自律進化の可能性はまだ残っている。我々は観測を継続すべき。『力』の封印が解かれれば、情報統合思念体が復活する可能性もある」 その言葉に喜緑さんは目を見開いていたが、やがていつもの表情に戻ると、こう答えた。 「監査役として、プレジデントの御命令は、合理的なものと認めます」 「地球上の残存全インターフェースにこの旨を命ずる。……伝達完了」 「私はどうしましょうか……?」 朝比奈さんがポツリとつぶやいた。 そうだ。朝比奈さんは、帰る場所も手段も失った上に、組織のバックを完全に失ってしまったんだ。今まで生活費をどうしていたのかは不明だが、組織の支援がなければだいぶ厳しいことになるだろう。 「私の部屋に来ればよい」 意外なことに長門がそう提案した。 「いいんですか?」 「個体単体でも、生活費を捻出できる程度の情報操作能力は残っている。問題はない」 さらに、古泉が助け舟を出してきた。 「お金にお困りでしたら『機関』からも援助はしますよ。それに、鶴屋さんに頼めば、事情を詮索してくることもなく援助してくれるでしょう」 「ありがとうございます」 朝比奈さんは深々と頭を下げた。 放課後。 学外団員の佐々木もやってきて、団活となった。 長門は黙々と本を読み、朝比奈さんはメイド姿でお茶をいれ、俺は象棋で古泉を打ち負かし、佐々木は小難しい口調で俺と古泉の一手一手にツッコミをいれ、ハルヒはパソコンでネットサーフィン。 全くいつもどおりで、昼休みのトンデモ話が嘘じゃないかと疑いたくなるほどだった。 長門がパタンと本を閉じて、その日の活動は終了した。 あの下り坂を集団で下校し、やがてみんなと別れて一人になる。 釈然としない思いが脳裏を渦巻いていた。 今回のことは、古泉たちや橘たちにとってみれば悪くない結果だろうが、とてもじゃないがハッピーエンドとはいえない。 朝比奈さんは、帰る場所と手段を奪われた。何事にも前向きな朝比奈さんだが、さすがにこれはつらいだろう。 長門と喜緑さんは、親兄弟を殺されたも同然だ。今思い返してみれば、あのときの喜緑さんは、親を殺されたことに怒っていたんじゃないのか? 長門がああいうふうに言いくるめなければ、どんな事態になっていたことか……。 ハルヒよ、もうちょっとなんとかならなかったのか? 「納得してないようだね」 思わず振り向くと、そこには佐々木がいた。 「ずっと後ろをつけてきたのに気づかないなんて、よほど思考に没頭していたか、あるいは、上の空だったのか」 どっちも正解という気がするな。 「橘さんからだいたいの事情は聞いたよ。朝比奈さんや長門さんたちにとっては気の毒な結果になったけど、完全なハッピーエンドなんて、物語の世界にしか存在しないものだ。僕は、この結果はバッドエンドよりはマシなものとして受け入れざるをえないと思う。 それに、涼宮さんは意識してこうしたわけでもない。彼女を責めるのは酷というものだ」 それは解ってるつもりなんだが。 「それに、これは僕のせいなのかもしれない」 なんだと? 「涼宮さんと融合したときに、僕の意識が彼女の無意識に混入した可能性は否定できないってことだよ。涼宮さんが僕に課した入団試験の七番目の問いを覚えてるかい?」 なんだったかな? 「『何でもできるとしたら、何をする?』だよ」 ああ、確かそんな質問だったな。 「あのときは紙には書かなかったけど、それに対する僕の答えが、今の事態に近いんだ。時間航行技術を奪い取って未来人の介入を排除し、強大な宇宙存在を消滅させ、危険な宇宙人を消し去り、そして、最後に自分の『何でもできる力』を封印する」 そのまんまじゃねぇか……。 確かに、二人が融合したときに、ハルヒの無意識にそれが混入した可能性を否定はできんな。 「だから、恨むなら僕を恨んでもらいたい」 佐々木はそういうと、きびすを返した。 家に帰ると、自分の部屋に直行して、ベッドの上に寝っころがった。 釈然としない思いは解消されなかったが、それとは別に、脳の奥に何かが引っかかったような感じがとれなかった。 それの正体が判明するまで、五分ほどの時間が必要だった。 そうだ! あのいけ好かない未来野郎。 あいつは、結局、今回は俺たちの前に姿を見せなかった。 奴は、いったいどこに行きやがったんだ? ────ソシテ、トウトツニ、スベテガ、アンテン──── γ-エピローグ────あるいは、αおよびβへのプロローグ とある時間軸のとある時間平面。 ────報告受領。時間軸γの消滅を確認。原時間平面にすみやかに帰還せよ。 「フン。くだらん」 彼は、さきほど未来の組織に簡潔な報告を送信し終わったところだった。 分岐点のほとんどは安定的なものだが、たまにある不安定な分岐点はイレギュラーを引き起こし、規定事項を破壊する。だから、消去する。 まったくもってくだらない任務だった。 しかし、『力』を涼宮ハルヒから佐々木とやらに移し、その力で時空連続体を再構築する────そのときまでは、黙々と任務を遂行して、組織に忠実なフリをしておく必要がある。 彼──便宜上『藤原』の名を騙る彼──は、何か決意を固めたような表情をすると、TPDDを起動した。 『機関』時空工作部の保管記録より。 ────上級工作員朝比奈みくるより、最高評議会各評議員へ。消去対象時間軸237個のうち236個の消去任務完了。 ────時空観測局より、最高評議会各評議員へ。消去対象時間軸237個のうち236個の消滅を確認。 ────時空観測局より、最高評議会各評議員へ。消去対象時間軸γは、別組織による時間工作により消滅したことを確認。 ────最高評議会代表長門有希より、各評議員へ。統合時空補正計画SOSパート8パターンAフェーズ1の完了を確認し、フェーズ2に移行することに異議はないか? ────異議なし。 ────異議なし。 ────異議なし。 ────異議なし。 ────異議なし。 ────全会一致で可決と認める。 ────最高評議会代表長門有希より、上級工作員朝比奈みくるへ。統合時空補正計画SOSパート8パターンAフェーズ2へ移行せよ。なお、当該任務中は上級権限2級を付与する。 ────上級工作員朝比奈みくるより、最高評議会各評議員へ。命令受領。工作活動をフェーズ2へ移行します。
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終章 回復 土曜日の十時。 あたしたちSOS団の待ち合わせ時刻。 横には今聞いた言葉の衝撃に固まる古泉君にみくるちゃんに有希。 あたしも固まっている。 目の前にはキョンとこの間の女の人。 楽しそうにニヤニヤしながら二人がこっちを見ているが、 あたしは頭の整理が追いつかない。 今、なんて言ったの?この人。 それはつまり―― その日あたしは時間ギリギリに駅に着いた。 「これはおごりね」 普段キョンがいたから……って何を考えているの? あいつのことは忘れる、もう決めたことよ! 案の定待ち合わせ場所にはもう三人が来てた。 「早いわねえ、みんな。いつもどれくらいに来てるの?」 「さあ」 にこやかに笑う古泉君。 「そんなことより、喫茶店に行きましょうか?」 うー、おごりかあ。 まあ、四人分だし軽い軽い。 そのとき。 「ハルヒっ」 聞きたくない声が聞こえる。 あたしは三人に目配せした。 ――無視よ、無視。 三人ともうなずく。 「待てよ!」 いつの間にかすぐ後ろでキョンの声が聞こえる。 振り返るとキョンの手が伸びていて……。 古泉君が横からその手を押さえて軽く足を払う。 いい音がして倒れるキョン。 「ほっときましょう」 再び歩き出そうとするあたしの目にあの女が映った。 こんなところにつれて来て、何がしたいの? そんなに見せつけたいの? 「いい加減にしてもらえませんか?」 キョンの目の前でドスを聞かせた声で言う古泉君。 ……ちょっと怖いわよ。 「いい加減にしてほしいのはこっちのほうなんだがな」 どういうこと? ここまで来てまだ言い訳する気? 「それはいったいどう言う理由で?」 「お前らの勘違いについて訂正したくてな」 キョンの横にはいつの間にか有希がいた。 「勘違いする要因など一つもない。あなたはあの女性と親しい。仲もいい。 それだけわかっていれば十分」 キョンが唖然としている。図星なのね? 「確かにそうだが、お前が”わかってない”のは意外だな」 変なことを言い出すキョン。有希は”わかっている”じゃない? あんたとあの人は仲がいい。あたしたちを放ってデートするほどに。 あんたとあの人は親しい。楽しそうに笑いながら話してるし、息もあっている。 この二つがわかってれば十分じゃない? それとも、言い訳じゃなくてのろけに来たの? あんたよりよほど年上のその人のことを? もう頭に来た。ぼこぼこにしてやる。 あたしははり倒す前にののしる言葉をキョンにかけようと口を開く。 その時、その人が口を開いた。 「あなたが涼宮さん?話は何度も聞かされたわよ」 いい度胸してるじゃない、キョン? 「いつも弟がお世話になってます」 ……は? その後、喫茶店で 「と言うわけでしばらく姉がこっちに帰って来てて、街を案内させられたのが先週」 どうやら本当に二人は姉弟だったようだ。 あたしたち以外の三人も神妙に俯いてる。 キョンの解説が終わったところで一つ怖くて聞けなかったことを聞く。 「怒って……ない?」 「いや、全く」 よかった。 「なんだかんだでまだSOS団をやめる気はないしな。これからもよろしく頼むよ団長」 その後あたしたちはキョンのお姉さんも入れて不思議パトロールをした。 あたしはキョンと、お姉さんと一緒。 キョンが自販機で飲み物をかわされている間にお姉さんが言った。 「弟は鈍感だから、その気があるなら積極的にならなきゃ駄目よ」 なんてこと言うんですか? キョンが帰ってくるとお姉さんが 「私は用事があるから帰るね」 「あれ、今日は暇なんじゃないのか」 「ちょっと野暮用がね」 去り際に一言のこしていくお姉さん。 「好きな女の子は悲しませちゃ駄目よ」 飲んでいた飲み物を吹き出すキョン。 『なんてこというんだ!』 被るあたし。 二人とも顔が真っ赤だった。 fin.
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「――伏せてっ!」 最初に叫んだのはハルヒだった。しかし、教室にいる誰もその意味を悟ることができず、それに従ったのは俺だけだった。 次の瞬間、教室の窓ガラスが吹き飛び、多数の赤い光球が教室中に撃ち込まれる。悲鳴すら上げる暇もなく、 呆然と突如教室目の前に現れたヘリに呆然としていたクラスメイトたちにそれが浴びせられた。 しかし、俺は床に伏せたままそれを避けるべくダンゴムシのように縮まっていたため、その先教室内がどうなったのか、 激しい判別しようのない轟音と熱気の篭もった爆風でしか俺は知ることができなかった。時折、鉄を砕いたような臭いが 鼻から肺や胃に流れ込み、猛烈な嘔吐感を誘ってくる。 「キョン!」 誰かが俺の襟首をつかみ、俺の身体を引きずり始めた。俺は轟音の中、何がどうなっているのか確認しようと 目を開けようとして、 「目は閉じて! いい!? 絶対に開けるんじゃないわよ!」 耳元に届いたのはハルヒの声だった。どうやら俺を引きずっているのはこいつらしい。目をつむった状態だったが、 今俺が引きずられている方向を推測すると、どうやら教室の外に出るつもりのようだ。 「何だ、どうなんているんだハルヒ! 教えてくれ!」 「良いから黙ってなさい! 教室から出るのが先決よ!」 ぴしゃりとハルヒの声が飛ぶ。 ほどなくして教室外に引っ張り出されたのか、手を付けている床のさわり心地が変わったのを感じた。 この時、俺のすぐそばを何かが高速で飛び去ったのに驚き、思わず軽く目を開けて―― 「…………っ!」 またすぐに閉じた。一瞬見えたのは、ガラスを失った窓ガラス、そして教室の床が赤く染まりその上には、 机や椅子の破片が散らばっていた。だが、その中には見たこともない物体も多数混じっていて…… 戻す寸前だった。その正体不明の物体がなんなのか悟ったとたん、俺の胃が溶けてなくなりそうになる。 一瞬だったというのに、まるで根性焼きか入れ墨を脳に刻まれたように、はっきりと鮮明な一枚の惨劇の写真が ずっと目を閉じても視界に焼き付き続けた。 俺はたまらず教室の方ではない方向へ顔を背けて目を開ける。別の視覚情報を脳内に新規導入しなければ、 ずっとスプラッタ映像が俺の目を支配し続けるからだ。 目を開けた先には、ハルヒのドアップがあった。それも全身血まみれで、セーラー服も半分近く血で赤く染め上げられている。 そして、すぐに俺の顔をつかむと、 「いい!? 誰だかわからないけど恐らく狙いはあたし、あるいはあんた! このままだと生徒を巻き込むだけだから、 とっととここから逃げるわよ!」 「あ、ああ……いや、あ、なんだ、そうなのか……そうなんだ。いや! それよりお前その血は……!」 「あたしのじゃない! 巻き添えになった人のものよ! あたしは何ともない――そんなことより早く移動しないと 攻撃が続けられるだけだわ!」 ハルヒは一方的に話を進めると、俺の手を取って走り始めた。一目散に教室から離れるように走り始める。 そうか。 今俺たちは襲われたんだ。 前に朝倉の襲撃を受けたのと同じように、誰かが俺かハルヒの命を狙って。 そして、その牙は俺たちだけでは収まらず、周囲にいたクラスメイトたち全てを飲み込んだ。 ………… なんてこった。昨日の古泉・朝倉のカミングアウトからハルヒの好印象まで良い感じに進んでいると思った矢先に、 信じたくないような大惨劇が起きた。俺が狙われるのなら、正直まだ救われたかも知れない。すでに経験済みだしな。 だが今回は違う。宇宙人の変態パワーによる襲撃ではなく、現代的な手法による無差別攻撃。これがショックでない奴がいるなら、 今すぐお前に全責任を押しつけてやるから出てきてくれ。 ふと俺は――何となく身を引かれるような視線を感じて、振り返った。そこには、教室の出入り口からこちらをのぞき込むように 見ている朝倉の姿があった。しかも、あのいつもの微笑みまで浮かべてやがる。 あの野郎。無事ならどうして助けてくれなかったんだ。あいつの力ならあんな攻撃楽々受け止められただろう。 いや、それは違う。長門があの15000回以上繰り返された夏の日をなぜ止めなかったのかその理由を思い出せ。 情報統合思念体――その配下にいるインターフェースの役割はハルヒの観察だ。朝倉暴走のように情報統合思念体身内の問題なら 何らかの対処を取るかも知れないが、今俺たちを襲ってきたのはどうみてもただの人間が使う攻撃ヘリである。 だったら連中は手を出さないだろう。ただの人間同士の殺し合いだと判断して。 ふと、隣の六組の前を通りかかったとき、出入り口から中が見えた。そこでは攻撃こそ受けていないが、 目の前を飛び交っている一機の攻撃ヘリの前に悲鳴を上げて右往左往する生徒たちの中で、ぽつんと読書を続ける長門の姿が。 俺は必死に心の中で叫ぶ。助けてくれ長門。お前は誰の好きにもさせないと言ってくれたじゃないか。 だから、せめて俺とハルヒ以外の無関係な人を守ってやってくれ―― しかし、その思いは届くことなく六組の中にも苛烈な銃弾が撃ち込まれ始めた。飛び散る壁や窓ガラスの破片に 俺はただひたすら目を閉じて現実逃避に努めることしかできない。 「降りるわよ!」 俺は激しい脱力感の中、階段を下りていくハルヒの手に引かれて走ることしかできなかった。 ◇◇◇◇ しばらく校舎内を走り回ったあと、俺たちは一階の校舎の隅に一旦身を隠すことにした。いい加減、俺とハルヒの息も 上がりつつあったからだ。 「一体っ……なんだってんだっ……!」 「知らないわよ、そんなことっ!」 俺はひどく動揺していた。一方のハルヒも状況がつかめないせいか、強い苛立ちを見せている。 さっきの攻撃ヘリは俺たちの姿を見失ったのか、学校周辺を飛び回っているだけで攻撃は控えているみたいだった。 四方八方からあのヘリのローターから発せられるバタバタ音だけが校舎の廊下に響き渡っている。 学校内は収拾のつかない混乱状態になっていた。正気を失って逃げまどう生徒、負傷しておぼつかない足で歩く生徒、 動かなくなった生徒を抱きかかえて助けて!と叫ぶ生徒……。中には校舎外に逃げ出そうとする生徒たちもいたが、 攻撃ヘリがそれを阻止するように飛び回っているせいか、誰も外へ逃げ出せていない。見通しの良い場所に ホイホイと出てしまえば狙い撃ちされてしまうかも知れないという恐れがある以上、うかつに出れないのだ。 俺はふと思いつく。ハルヒの能力なら、あの殺人ヘリをなんとかできるんじゃないかと。 だが、それを口にする前にハルヒは苦渋に満ちた表情で壁に拳を叩きつけた。まるで、俺の心の中を読んで、 できるならとっくにやっていると言いたげに。 そうだ。ここでハルヒが反撃なんかできるわけないんだ。この学校には沢山のインターフェースや機関のエージェントが 潜んでいる。万一、ハルヒが自らの力を使ってあの殺人ヘリと戦えば、即座にハルヒは自分の能力を自覚していると ばれてしまうだろう。そうなれば、機関はどう動くかは不明だが、情報統合思念体は即刻全人類ごと抹殺してしまう。 それでは本末転倒だ。 ハルヒの強い苛立ちは、できるのにそれを行えない矛盾の袋小路に対してのものなんだろう。ちっ、となると、 長門や朝倉は助けてくれない、ハルヒは動きを封じられたも同然になるから、一体誰に助けを求めれば良いんだ…… って、一つしかいねぇじゃねーか。この事態を未然に防ぐべき組織がある。機関だ。それを怠って古泉たちは 一体何をやっている!? 俺はすぐに携帯電話を取り出し、古泉にかけてみる。しかし、コールはするもののいつまで経ってもつながる気配はない。 こんな時に何やってんだ。いや、ひょっとして最初の攻撃に巻き込まれたんじゃないだろうな? 何度もかけてみるが、やはりつながらず。どうすりゃいいんだよ。 と、ハルヒが何かに気が付いたのは突然走り出した。あわてて俺もそれ続く。 ちょうど校舎の真ん中当たりでハルヒは立ち止まり、もう一つの校舎の前でホバリングを続けている攻撃ヘリを見つめた。 それはしばらくそのまま停止を続けていたが―― 「やめてっ!」 ハルヒの悲痛な叫びが俺の耳を貫く。その瞬間、ヘリの両サイドからミサイルのような物が発射されて、 もう一つの校舎の二階にある教室に撃ち込まれた。 強烈な爆音・爆風で俺たちのいた廊下の窓ガラスも一気に割れて飛び散り、俺たちの身体にバラバラと降り注ぐ。 襲撃者は俺たちがいない場所、つまり無関係な人間のいる場所に向かって攻撃を加えたのだ。 あまりに残酷で冷酷な敵のやり方に、俺は怒りよりも恐怖を感じる。 と、ここで俺の携帯に着信が入った。発信者は――古泉一樹となっている。 俺は即座に通話ボタンを入れ、向こうの言葉も聞かずに状況の説明を求めた。 「一体全体どうなってやがる! 襲ってきたのは何だ!? お前ら今まで何をやってきたんだよ! とっとと何とかしてくれ! このままじゃ、被害や犠牲者が増える一方だぞ!」 こっちの一方的な物言いに、古泉はしばらく黙って聞いているだけだったが、やがて、 『とにかく落ち着いてください。焦る気持ちもわかりますが、それでは有効な対策も取れません』 「落ち着けだって――うおっ!」 今度は俺たちのいる校舎三階に向けてミサイルが発射された。上階で発生した爆発の衝撃で、校舎全体が地震に 襲われたようにぐらぐらと激しく揺れる。 ええい、確かに焦っても攻撃が続くばかりか。 「どうすりゃいい!?」 『今、機関の方で対処を行っています。時期にあなたたちを襲っている者たちの排除に移る予定です。 あなたたちはしばらく見つからないように隠れていてください』 「そんなこと言っても、奴らは無差別攻撃を始めているんだぞ! 悠長なことを言っている場合じゃないんだ!」 『わかっています! しかし、それしか方法が――』 「キョン」 俺と古泉の会話に割り込む声。見れば、ハルヒがうつむいたまま肩を振わせていた。そして、俺が聞くべきかどうか 迷っていることについて古泉に確認するように指示を出す。 『何かありましたか? 問題があれば言ってください』 どうやら古泉にはハルヒの声は聞こえなかったらしい。何かあったのかと珍しく焦りの声をこちらにかけてきている。 俺は躊躇していた。 ハルヒが聞けと言うことは確かに確認しておかなければならないことだ。 だが……もし予想通りだったら。 その時、ハルヒはどう思うだろう。そして、それはどうすればいいのだろうか。 ………… また一発のミサイルがどこかに着弾したらしい。激しく校舎が揺さぶられた。ええい、迷っている場合ではない。 俺は意を決してその確認を行う。 「古泉。一つ確認したい」 『なんでしょうか?』 「襲ってきたのは機関の人間か?」 その指摘に古泉はしばらく黙ったままだったが、やがてこう言った。短く、か細い声で。 『……そうです。機関の強硬派によるものです』 古泉から言葉に、俺はがっくりと肩を落とした。機関――ハルヒが作り上げたに等しい組織がこんな無差別殺戮を行っている。 そして、それをそそのかしたのは俺だ。なら――この惨劇の責任は俺にあることになる。 ハルヒは耳では聞き取れないはずだから、何らかの超パワーで俺と古泉の通話を聞き取っていたのだろう。 機関強硬派によるものだとわかったと同時に走り出し、階段を駆け上がる。 「待てハルヒ! 待ってくれ!」 俺はすがるようにそれを追った。ハルヒがやろうとしていることはすぐにわかった。襲ってきた奴らを排除すること。 もちろん、それは自分が力を持っていることを情報統合思念体や機関に後悔することと同義であるから、 つまりはハルヒは機関――超能力者を作ることに見切りを付けたってことだ。 ――排除後に、ハルヒはこの世界をリセットする。 走りながら必死に俺は考えた。 何だ。 何を間違えたんだ。 確かに俺の世界とは多くの点で異なることがあった。 だが、それでも朝倉が暴走する可能性はあっても、機関強硬派がこんな行動に打って出る理由は何だ? ……それとも、俺の世界でもこういった事例はあってただ表面化していなかっただけなのか。 そんなわけねえ。 そんな分け合ってたまるか! だってそうだろ? 強硬派が望むように、ハルヒに強い衝撃を与えようとするならいつでもできたはずだ。 そのチャンスは多々にあった。 それが実行されなかったと言うことは、俺のいた世界と今ここの世界では大きく何かが異なっているはずだ。 何だ? それは……なんなんだ? 俺は結局ハルヒに追いつくことができず、そのまま校舎屋上に飛び出した。すでにハルヒは屋上の中心で空を見上げている。 さあ自分はここだと言っているように。 すぐに俺もハルヒの元に近づこうとするが、その前にハルヒの真正面にあの殺戮ヘリが現れる。 ローターから激しく発生する風に煽られ、俺の足は止められた。 だが、ハルヒはセーラー服と髪は激しくなびくものの、全くそれに動じていない。 やがてあの多数の生徒を殺戮した回転式の機関砲がハルヒに向けられる。ちょうどハルヒは俺に背を向ける格好になっているため どんな表情をしているのか見えない。 もうすぐハルヒは何かの力でこの攻撃ヘリと戦うのだろう。止めるしかないのだ。 どんなハリウッド的アクションが展開されるのかと思っていたが、予想に反して戦いは静かに進行した。 攻撃ヘリはハルヒに回転式機関砲を向けたまま微動だにせず、ただ浮かんでいるだけ。 ――いや違う。ハルヒは指一つ動かす気配がなかったが、攻撃ヘリの方が勝手に異音を発し始めていた。 それもエンジン音がおかしいとかではなく、金属が軋んでいくような脳髄をくすぐる嫌な音を鳴らしている。 やがて攻撃ヘリはブラックホールに吸い込まれていくように、次第に機体がつぶれ始めた。 めりめりと嫌な音とともに圧縮されていき、破片一つ飛ばすことなく、火花一つ飛ばすことなく小さくなっていく。 そのまま圧縮が続き、最後には野球のボール程度の球体までになってしまった。そこでハルヒはようやく腕を動かす。 すっと横に振った手を合図に、圧縮された攻撃ヘリは散り一つなく拡散するように消失した。 ………… さっきまで俺を覆っていたヘリの轟音が完全に消え失せ、辺りには校舎から聞こえてくる生徒たちの悲鳴・怒号が支配する。 遠くからは警察か消防かわからないが、けたたましいサイレンが鳴り響き、こちらに近づいてきていた。 終わった。何もかもが。 ハルヒはすっとうつむき加減のまま、俺のそばを通り校舎の中に戻っていく。 ちょうどその際にこう言い残して。 「……昨日言ったことは全部撤回するわ。あたしはこんなことをする連中を作りたくないし、一緒にいたくもないから。 この世界はここで終わりよ。情報統合思念体が動く前に、リセットの準備に入るわ」 ちくしょう――何でこんな事になったんだよ……! ◇◇◇◇ 「一体これはどういう事なのか説明しろ。お前のわかりにくいたとえ話は全て却下だ。簡潔にわかりやすくに言え。 でなきゃ、俺がどんな行動を取るか保証しねぇ。今は頭の血管がぶち切れる寸前なんだからな」 この惨劇後、校庭の隅で呆然としていた俺の前に現れた古泉に、俺は食って掛かっていた。 こんな状況でもいつものあのニヤケスマイルを浮かべて現れたら、即刻ぶん殴っていたが、さすがに事態は深刻らしく 表情は硬いままだったので握った拳はそのままにしておいてやる。お前の返答次第でどう動くがわからんがな。 校舎の状況は最悪だった。目で確認は俺自身が拒否しているため、喧噪の中で流れてきた話を拾った限りじゃ、 死傷者は百人単位に上っているらしく、特に俺の五組は生存している人間がほとんどいない惨状だそうだ。 朝倉は無事だったのを確認しているから全員死亡ではないだろうが、谷口や国木田もダメと見て良いだろう。 現在では警察や消防がひっきりなしに動き回り、状況把握に努めている。負傷者は多すぎるため重傷者のみ救急車で 運び出し、まだ何とかなる人間は校庭にテントを張って治療を行っている。 まさに地獄絵図だった。 あの後、ハルヒはどこかに姿を消してしまい、俺は何もできない無力感に浸りつつ校庭への避難誘導に従って 校庭に出てきていた。そこへ古泉の野郎が現れたって訳だ。 俺に胸ぐらをつかみ上げられたまま、古泉はしばらく黙っていたが、 「今回の件については申し訳ないとしかいいようがありません。強硬派の存在は機関内部では周知の事実でしたが、 このような行動を取るとは予想もしていませんでした」 「甘すぎるだろ! 危険な目的を持っているならもっと早い段階で手を打っておけばいいじゃないか!」 「状況は複雑にして微妙なんです。例えそう言った目的を持っていたとしても、うかつに動けません。 なぜなら、僕たち機関の他に情報統合思念体――TFEI端末の主流派も涼宮さんに対して観察という意味で 傍観を決め込んでいるからです。機関強硬派が例え目的を果たそうと行動を起こすと言うことは 情報統合思念体主流派と敵対の道を歩むということでもあります。そうなれば、強硬派はただでは済みません。 彼らの能力は僕らの存在などいともあっさり消せます。涼宮さんの観察の支障となると判断されればあっさりと抹消されて 終わりでしょう。そう言った考えで、強硬派もうかつに手を出すことはないと判断していました」 そうか。だから俺の世界では機関の危ない連中は手を出してこなかったってわけか。だが、ここではいともあっさり ハルヒにちょっかいを出してきた。何だ? 何が違っている? 俺はしばらく考え込んでいたが、途中で別の事に気が付く。 「待てよ。ならお前らの危険思想を持った連中が動いたって事は、情報統合思念体――朝倉たちと敵対する道を 選んだってことでいいんだよな? だが、何の保証もなく動くってのはおかしくねぇか? 何か動くきっかけがあるはずだ」 「それなんですが……」 ここで古泉は俺が冷静になりつつあると判断したのか、俺の手をふりほどき制服を整える。 そして続ける。 「まだ結論は出ていませんが、どうも情報統合思念体の一部と結託したようなんです。きっかけはわかりませんが、 何らかの情報を得て機関強硬派は動かざるを得なくなった。その理由についてはまだわかっていません。 現在、情報を精査中です」 古泉の淡々とした説明に、俺はどっと疲れを感じて地面に座り込む。校庭の方が騒がしくなったのを見ると、 どうやら保護者たちが次々と駆けつけ始めたようだ。怒号・叫び・悲鳴……この世の負の感情が怨念のように校庭を支配する。 俺の家族にはさっき無事を知らせる電話を入れているのでこれ以上の心配をかけてはいないが。 古泉は俺に視線を合わせるようにしゃがみ、 「僕が言うのもなんですが、起こってしまったことについてとやかく議論をしている余裕がない事態です。 今回の一件で機関も対応しなければならないことが発生していますので」 「ああ、とっとと危険人物どもを牢屋にでも放り込んでおいてくれ」 「それはとっくに完了済みですよ。それ以外のことです」 「……なんだと?」 嫌な予感がする。事後対処が終わっていて、次にやることと言えば……やはりハルヒのことか? 古泉は続ける。 「今回の襲撃では、TFEI端末、機関ともにその対応が行えませんでした――おっと、TFEI端末はもともと介入する気は なかったようですが。それはさておき、そんな状況でありながら誰かが機関強硬派の襲撃を撃退しています。 あなたは何か知りませんか?」 「…………」 俺は答えるべきかどうか迷ってしまう。ハルヒはもうリセットをかけるべく準備を開始すると言っていた。 なら今ここでばらしてもどっちみちかわらないだろう。だが、何の違いで今回の惨劇が発生したのかわからない状態で うかつな行動を取って取り返しの付かないことになったら…… 結局俺は首を振って、 「逃げるので精一杯だったから、よくわからん。気が付いたらいなくなっていた」 「そう……ですか」 古泉の表情はなぜか残念そうに見えた。まるでどうして本当のことを言ってくれないのかと言いたげなように。 言った方が良かったのか? それとも何かたくらんでいるのか。 俺はたまらず聞き返す。 「なんなんだ、一体。言いたいことのがあるならはっきりと言ってくれ」 「……涼宮さんのことですよ」 やっぱりそうか。 「あの状況下で、事故以外に強硬派を撃退する能力を有しているのは涼宮さん以外にいません。 そうなると、彼女が突然追いつめられた状況にショックを受け自分の力を自覚してしまったか、あるいは――」 ――古泉は憂鬱そうに目を細め、 「元から涼宮さんは自分の力を認識していたということですね」 ちっ、やっぱりそう言う結論になるわな。そうなると、すでに情報統合思念体も同じ認識を持っていて――うん? だったらとっくに地球ごと抹殺されていてもおかしくないか? あるいはハルヒがリセットするか。 俺は念のために追求しておくことにする。 「万一だ、ハルヒが力を認識するなり、元からそうだったりした場合、何の不都合が発生するんだ? おっと昨日朝倉と一緒に聞かされた話は一応理解しているつもりだ。それをふまえた上でお前らがどう動くかってことを 確認しておきたいんだが」 「その点についてですが、はっきり言って機関の方ではこのままでも一向に構いません。実際に涼宮さんが力を認識しても、 不都合のない今まで通りの世界が続いてくれればいいんですから」 「なら別に問題ないだろ」 「ですが、情報統合思念体――TFEI端末から得られた情報によれば、彼らはそれでは困るようですね。 何らかの動きを見せるようですが、僕のような末端の人間まではその内容について聞かされていません」 動きってのは、ハルヒごとこの星を吹っ飛ばすことだろうな。だが、なぜ実行に移していないのだろうか。 古泉は続ける。 「同僚からの情報によれば、どうやらその情報統合思念体の動きは機関にとって大変都合の悪いことのようでして。 僕にもその件について非常招集がかかっています」 そりゃ地球ごと抹殺しますよと言われればとんでもない騒ぎになるのは確実だからな。 古泉はすっと立ち上がると、 「では、僕は機関の方に行かなければならないので」 そう言って俺の元を立ち去ろうとする。 「ちょっと待て!」 と、俺は思わず古泉を呼び止めてしまう。どうしても言っておきたいことがある。 古泉はなんでしょうかと振り返った。 「なあ古泉。頼みがある」 「言ってください」 俺は立ち上がり、古泉の目をじっと見て、 「……ハルヒを見捨てないでくれ。頼む」 俺の言葉に、古泉はさわやかなスマイルを浮かべるだけだった。 ◇◇◇◇ 「ちょっといいかな?」 古泉と入れ替えにやってきたのは朝倉だった。俺は思わず身構えてしまった。この状況で襲われればひとたまりもないからな。 だが、朝倉はいつもの柔らかな笑みのまま、 「そんなに警戒しなくても良いよ。あなたに何かしようとは思っていないから」 「だが、ハルヒが力を自覚した、あるいは元々自覚していたかも知れないということが不都合なんだろ?」 「それはそうなんだけどね……」 ちょっと困ったようなような表情になる朝倉。 だが、次にその口から飛び出たのは予想外――いや、俺の脳みその血管をぶち切るのに十分な言葉だった。 「元々涼宮さんが認識している可能性は、情報統合思念体内部でも検討されていた事よ。でも、大勢を占める主流派は そんなことを一々確認する必要はないとして放置という選択を取っていたのよね。これに関しては他の勢力も大差ないわ。 でね、かといってそのままだと何も起こらずなぁんにも観測できないのよ。そんなのつまらないと思わない? あたしたちの目的は涼宮さんの情報創造能力を観測すること。ただ見ているだけじゃ何も変わらない。 だからね、上の人たちなんて無視して動くことにしたのよ」 あの時――ナイフで朝倉に斬りつけられたときの記憶が俺の脳裏に蘇る。あの時もそんなことを言っていた……まずい。 今すぐ走って逃げ出すべきか? 朝倉はこっちの動揺もお構いなしに続ける。 「でも残念なことに情報統合思念体の主流派はそれを許さない。そこであたし考えたのよ。昨日、機関っていう組織も 一枚岩ではないってことを言っていたじゃない。だから、その人たちに代わりに涼宮さんを襲ってもらうことにしたの」 唐突すぎる告白。俺の視界が真っ赤に染まるんじゃないかと思うほどに、頭に血が上る。 「お前が……お前がこの事態を引き起こしたってのか?」 「そうよ。でも彼らも独自の目的を持っていたのよね。あたしはあなたを殺すようにけしかけたつもりだったんだけど、 直接涼宮さんを襲うとは思っていなかったわ。そんなことをしたら涼宮さんが力を自覚しちゃうじゃない。 そうなったら観測できなくなっちゃう。まさに本末転倒よね。全く勝手なことをしてくれたおかげで大迷惑よ」 朝倉はいつもの笑みを崩さない。 この野郎。昨日偶然聞きつけた機関強硬派を利用することにしたってのか。主流派の目をごまかすために。 またそれなら長門も行動できないと考えたのだろう。 この惨劇の元凶は、昨日のたった一度の会話が原因。まさか、あれだけでここまで事態が変化するなんて思ってもいなかった。 結局は朝倉の暴走なんだが、それによって思わぬ副産物を朝倉――情報統合思念体は得てしまったことが最大の問題だ。 「今回の一件で涼宮さんは確実に自分の能力について自覚したわ。敵を倒したのは他ならぬ彼女だもの。 この時点で情報統合思念体の観測作業は終了して、強制措置に入る。これは情報統合思念体全てにおける共通意識」 「その強制措置ってのを教えてもらおうか」 知ってはいるが、念のために確認してみる。朝倉は表情一つ変えず、 「この惑星全ての知的有機生命体の排除。涼宮さんを含めてね」 やっぱりそうか。だが、なぜ俺にこんな話をしてくるんだ? とっとと実行すりゃいいだろ。 そこでさっき古泉が言っていたことを思い出す。情報統合思念体の動きは機関にとって不都合なことであると。 「あ、気が付いたかな? そう、機関がどうも情報統合思念体主流派と接触して交渉しているみたいなのよ。 彼らにとって抹殺措置は避けたいみたいだから。わたしには有機生命体の死の概念がよくわからないから、 何でそんなに必死になっているのか理解できないけどね」 「お前らと違って、俺たちは死んだら終わりなんだよ。情報なんたらで無敵の存在であるお前らとは違ってな」 俺は悪態を付く一方で希望が胸に渦巻き始める。機関の主流派はまだ諦めていない。何とかハルヒを守ろうとしているんだ。 きっとそうに違いない。ハルヒを守ることが自分たちの命を守ることにつながるって事だからな。 ふと、ここまで来て思う。朝倉は何でこんな話を俺にしているんだ? この問いかけに、朝倉はぐっと俺に顔を近づけてきて、 「実はちょっとあなたに興味があったのよ。いろいろ調べてみたんだけど、あなたはただの有機生命体に過ぎない。 でも、涼宮さんという特別な存在に見初められている。それはなぜ? どうせこれが最期になるだろうから 確認しておきたかったの」 「知らねえよ。俺は俺だとしか言いようがない」 実は異世界人だとは言わなかった。情報統合思念体が地球ごと破滅させるかどうかは、まだわからなくなってきたからな。 切り札になるかもわからないが、余計な不確定要素を作るべきではない。 と、朝倉は俺から離れ、 「そっか。残念。実はあなたが涼宮さんに何かの力を与える存在かも知れないとちょっと期待したんだけどな」 「あいにく俺はミジンコ並みに普通なんでね。残念だったな」 ここで朝倉は何かの情報をキャッチしたような顔を浮かべ、 「あ、どうやら交渉がまとまったみたい。わたしに任務終了の通達が来たわ」 そう言うのと同時に、朝倉の身体が以前長門がやった情報連結解除と同じようにさらさらと消滅していく。 俺はせめてこれからどうなるのか確認しておきたかったので、 「おい! これからどうなるのか、冥土のみやげかどうかは知らんが教えてくれても良いだろ!?」 「もうすぐわかるわよ。もうすぐね♪」 朝倉はいつもの笑みのまま消えていってしまった。 ちっ、これ以上の情報を得るのは無理だったか。しかし、機関が情報統合思念体にストップをかけているという事実は かなり大きな収穫だ。 俺はすぐに携帯電話を取り出し、ハルヒへつなぐ。 ……ハルヒ。まだ機関に絶望するのは早いぞ。古泉たちは思った以上にやってくれるかも知れないんだ。 ◇◇◇◇ ハルヒは旧館の一つの部室から呆然と外の様子を眺めていた。 外はマスコミも駆けつけてきたのか、報道のヘリを含めてますます喧噪に包まれている。 俺は携帯でここにいることを知らされ、ここにやって来た。もちろん、ハルヒにリセット中止――最悪でも様子見に してくれというために。 「で、そんなにあわててどうしたってのよ」 「中止しろ!」 「は?」 息が切れているせいで端的な発言しかできん。とにかく何でも良いから止めさせないと。 俺はぐっとハルヒの肩をつかみ、顔を寄せて、 「リセットだ! もうちょっと待ってくれ!」 「……理由は?」 半目でうさんくさそうなハルヒの表情だったが、俺は構わず続ける。 「朝倉と接触した。どうやら、情報統合思念体と機関が何かの交渉を行っているみたいなんだよ! 旨くすれば、お前が力を自覚していることがばれてもどうにかなるかもしれないぞ!」 「だから、この惨状を受け入れろって言うわけ?」 ハルヒがばっと窓から校舎の惨状を示すように指を向けた。そこには未だ回収されない動かない生徒の姿や 血まみれの廊下・教室、粉砕された校舎の一部……爆撃を受けた後の状態の学校が広がっている。 俺は手を振りながら、 「それはわかっている。こんな状態で放っておけるわけがないからな。だが、せめて機関が情報統合思念体にどういう影響を 与えるのか、その確認をした後でも十分だろ? もう少し待ってくれ、頼む!」 必死の説得。このままこの状態を続けるのは俺もはっきり言って嫌だし、リセットはむしろ望むところだ。 しかし――しかしだ。このまま終わりにしても何の成果もないのは事実。だったら、せめて機関がどう動くのかだけは 見極めておきたい。機関の主流はハルヒの平穏無事な一生にある。ならば、きっと力の自覚後も同様の状態を 維持しようとするはずなんだ。そうに決まっている。 それであれば、確認後にリセットをして今度はこの惨劇が起きないようにすれば良いだけ。答えは目の前にあると言っていい。 だが、ハルヒはなぜか納得しようとしなかった。じっと疑惑の目を俺に向け続けている。そして言う。 「まあ、あんたに言われなくてもリセットはしばらくするつもりはなかったわよ。あたしのことを知ったはずの情報統合思念体が 動きを見せないから。何でかと思えば、機関って連中が何かたくらんでいるって訳ね」 「古泉も呼び出しを受けていたし、もうすぐ何かの動きがあると思うぞ。それから――」 「……あのさ、キョン」 ハルヒはいつになく真剣――いや、まるで子供に説教するかのような目つきで俺を見つめた。 俺はその視線に自分の口が完全に塞がれた気分になる。 そして、ハルヒは言った。 「あんた、一体誰を見てそう思っているの?」 「誰って……そりゃ機関、いや古泉だな。あいつらの目的は昨日話したとおり俺の世界と同じだったから違いはないはずだ」 「でも違うわ。ここはあんたの世界とは違う」 ――ハルヒはすっと目を瞑り、俺を諭すように、 「あんたは今を見ていない。キョンが見ているのは、自分の脳内にいる古泉くんよ。その姿を見てきっとこう考えている、 こうしてくれる、そう思っている――いや、思いこんでいるだけじゃないの?」 「それは……」 ……反論できなかった。 俺は本当に古泉一樹という人間を把握しているのか? 元の世界では少なくともあいつの言動から見ても、 機関よりもSOS団を優先させるはずだ。 だが、この世界の古泉はどうだ? まだあってから数週間しか経っていないんだ―― ―――― ―――― 一瞬だっただろう。俺は何かが起こったことだけ理解できたが、それがなんなのかはさっぱりわからないまま、 床に突っ伏していた。辺りにはガラスが大量に飛び散り、部屋の中の備品はめちゃくちゃに散らかっている。 何だ? 何が起こった? すぐに俺の身体が誰かによって引き寄せられた。目の前にはハルヒのドアップが浮かぶ。 必死に何かを叫んでいるようだったが、俺の耳には何も届かなかった。それどころか、激しい頭痛とめまいが 視界を揺さぶり続け、意識を保つだけで精一杯の状況である。 ハルヒはすっと俺の額に指をつけ、眉間にしわを寄せた。何かのおまじない――いや情報操作か。 俺に対してそれを行おうとしているのか? ほどなくして、俺のめまい・頭痛が停止し聴覚も復活した。同時に、多数の花火のような爆発音が辺りに広がっていることに 気が付く。激しい断続的に続く地鳴りと揺れを感じることに、聴覚どころか感覚すら狂っていたことに気が付かされた。 俺の身体異常を一瞬にして直したのか。とんでもない奴だよ、ハルヒは。とりあえずありがとうと礼を言っておく…… 「そんなものいらない! それどころじゃない!」 ハルヒのつばが俺の顔にかかった。同時に背後の校舎の屋上が吹っ飛び、破片と爆風が俺のいる部屋に流れ込んできた。 ハルヒは俺をかばうように抱きかかえてそれから守ってくれる。 ここでようやく事態に気が付いた。また北高は何かからの攻撃を受けている。いや、爆発音の大小から考えて、 北高だけじゃない。もっと遠くも同様の爆発が起きているに違いない。 なんだってんだ! 「屋上に上がるわよ!」 そう言ってハルヒは俺の手を引いて走り出した。 旧館から校舎へ渡る途中、校舎二つのうち一つはさっきの爆発で完膚無きまで破壊されていたのが見える。 ハルヒはもう一つの校舎の屋上に向かっているのだろう。 途中通りかかった校庭では、大パニックが起きていた。逃げまどう生徒・保護者・マスコミ関係者を 警察や消防の人間が必死に逃げるように誘導していた。 だが、すでに校庭でも爆発が起きたらしく、ところどころクレーターができあがっていた。その周辺には 傷ついた人たちの姿もある。北高はこの地域では高台に位置するため、広がる街並みをある程度一望できたが、 やはりさっき感じていたとおり次々と爆発が発生して煙が立ち上っている。まるで戦争状態だった。 ハルヒはそんなことお構いなしに、校舎の階段を駆け上がった。俺はその引かれる手のままに走りながら 混乱を越えて錯乱の域に達していた。 古泉は機関の強硬派はすでに押さえ込んだかのようなことを言っていた。だったら今度の攻撃はないんだ? まだ機関強硬派の残党がいたのか? いや、いくらなんでも機関がそこまで無能だとは思わないし、 さっきの襲撃とは桁違いの規模の攻撃であることから、残党の仕業とは思えない。こんな事ができるなら 最初の攻撃時にやっているだろうからな。 屋上の扉を開け、ハルヒはそこの中心に飛び出した。体育系部活の運動もびっくりな無酸素無呼吸階段いっき登りに いい加減息の切れた俺は膝をついて肺をフル稼働させて酸素補給に努める。 一方のハルヒは少し肩で呼吸はしているが、休む気配は見せない。それどころか、すっと両手を広げて、 「全部食い止める!」 ハルヒの叫び。同時に俺から見える360度全方位の青空で無数の爆発が起きた。 もう展開について行けない。誰でも良いから今すぐ俺に状況を教えてくれ。 すぐハルヒは再度空に向かってにらみをきかせる。すると、また同じようにそこら中の空で爆発が起きる。 どうやら、ハルヒが攻撃を阻止しているらしい。ってことは、さっきからの大爆発は空から何かが飛んできているのか? 「砲撃よ! バカみたいに大量の砲弾が雨あられと降ってきているわ! 狙い先は北高だけじゃない、もうめちゃくちゃに 周辺の町全体に撃ち込まれているの!」 ハルヒの怒鳴り声と同時に、また空中爆発が大量発生した。なんてこった。本当に戦争じゃねぇか。 そんな国際法無視上等なことをやらかしているバカ野郎はどこのどいつなんだよ。 しばらくハルヒVS無差別砲撃戦が続く。俺はただオロオロするばかりで何もできない。 だが、この事態に対処できている人間なんてハルヒ以外にはいないだろう、校庭や学校周辺の人たちもパニックになって もう誰の誘導も指示も無視して四方八方に逃げている。逃げ場がどこなのかわからないのに、走らずにいられないみたいだ。 また空一面に爆発による火球が無数にできる。いかんいかん! どうすりゃいいんだ? そうだ、とにかくこの攻撃の意図はわからないが、これ以上人を巻き込むわけにはいかん。安全地帯を探して、 そこに誘導しないと。 「ハルヒ! 取り込み中だと思うが、安全な場所を探すことはできないのか!? 俺がここにいても仕方ないから、 教えてくれれば下の人たちをそっちに誘導するぞ!」 「今やっているわよ! ぎりぎりだから話しかけないで!」 また空に無数の爆発の花が開く。くそったれ、いい加減にしやがれ! どれだけの人の命を奪う気だ!? と、ここでハルヒは一瞬落胆するように、顔を下に向けた。だが、また砲弾が空に現れたのか、キッと顔をゆがめて それらを破壊する。 そして、絶望の色に染まった声で言った。 「安全地帯は……ないわ!」 「……なんだと!?」 どういうことだよ。 「北高を中心にして不可視遮断フィールドが展開されているのよ! 簡単に入ってこれるけど絶対に出れない空間、 あと外側から見ても別になにも変わっていないように見える状態になっている! 攻撃はその範囲内にくまなく加えられているわ! どこに逃げても無駄よ!」 そんな。じゃあただ黙って死ぬのを待つしかできないってのかよ。 いや待て。そんな芸当はいくら機関の超能力者でもできないはずだぞ。ならやっているのは情報統合思念体か? しかし、それにしては随分地球人類的手段を取っているように感じるが。 待て待て。そんなことを詮索している場合ではないんだ。今は何とか攻撃を避ける方法を見つけなければならない。 「だったら、攻撃の元を削げば良いんじゃないか!? 砲撃を受けているって言うなら、どこかに発射している奴らが いるって事だろ!? ならそっちを叩けばいい!」 「ええ、確かにいるわね。でも、それがどこだか教えてあげようか?」 俺の方に疲れ切った自虐的な笑みを浮かべるハルヒ。相当の疲労があるのか、顔中汗だくになり、 頬には髪の毛がまとわりついている。 「ここから数千キロ離れた砂漠地帯よ。恐らく演習場か何かでしょうね。きっと砲撃している連中もここに撃ち込んでいるとは 思っていないはずよ。SF映画のワープみたいに、砲弾だけが北高上空に転送されてきているんだから」 俺が愕然となった。数千キロ? 攻撃している連中はこの惨状を全く理解していない? 何を言っているんだ? もう訳がわからんぞ。それなら、ひたすら攻撃を防いでいることしかできねぇじゃねえか。 どうしようもなくなった俺だったが、それでも黙って指をくわえていることはできず、当てもなく周囲を見回した。 ハルヒのおかげで砲撃の着弾はなくなったが、パニックは収まらず逃げまどう群衆が見える。 ふと――完全に偶然だったが、もう一つの破壊された校舎の残骸を見ているときに、俺は人影を見た。 遠くだったのと日陰だったためただのシェルエットにしか見えなかったが、長細い筒のようなものをこちらに向けている。 とっさだった。それがなんなのかきっと普段映画の見過ぎだったのに加えて、辺り一面戦争映画モードだったのが 俺の判断を導いてくれたのだろう。ハルヒに体当たりしていた。 「――ちょっと何するのよキョ――!」 ハルヒの声の抗議は途中中断を余儀なくされた。なぜなら、体当たりのショックでハルヒの立っていた位置に 入れ替わった俺の右の二の腕辺りがちぎれ飛んだからだ。 自分の腕がなくなった瞬間、俺は痛みは全く感じなかった。全神経が麻痺し、腕に当たった猛烈な衝撃だけが身体を震わせる、 飛んでいく右腕はやたらとゆっくりと俺の後方に飛んでいった。野球の試合のウルトラスーパースロー映像みたいになめらかに。 「キョン!」 次の瞬間ハルヒが俺を抱きかかえた。同時に俺の右腕が元に戻っていることに気が付く。当然痛みも何もない。 またハルヒが治癒してくれたのか? 全く医者にでもなれば全世界の人間が救えるぞ。人口爆発は必死だけどな。 ってそんなのんきなことを考えている場合じゃねえ。 俺を助けるために、砲撃阻止を一旦中止したためか、北高一帯に無数の砲弾が降り注ぎ大地震のように校舎が揺さぶられた。 だが、憎らしいことに今やるべき事はそっちの阻止ではない。 「ハルヒ! 早く――!」 「わかってる!」 ハルヒは俺を抱えると、校舎の上を飛びはね回った。言っておくがただの喜劇でも運動でもないぞ。 俺の感覚が正しいなら、ハルヒが飛び跳ねた後1秒以内にそこに何か鋭利で高速なものが飛んで行っている。 つまり俺たちは今何者から銃撃を受けているって訳だ。 俺の体重なんて無視するかのようにハルヒは華麗にその銃撃を避け続けた。ただし、避けられているのは ハルヒの身体・洞察能力が素晴らしいだけであって、相手も的確に俺たちに銃弾を飛ばしてきている。 こいつじゃなければ全段命中は確実だろうな。 やがてハルヒは校舎と屋上の出入り口の前に移動した。続けて三発の銃弾が出入り口の壁に突き刺さりコンクリート片を 飛び散らせるが、ハルヒは動かない。どうやらここだと相手の位置から死角にはいるようだ。続いた三発の銃弾は ここから焦りを誘い移動させるための威嚇射撃だろう。相手は完璧なプロだな。それを見破るハルヒも大した奴だが。 ハルヒはさすがに体力の疲弊が激しいのか、しばらく胸を上下させて酸素補給に努めている。 その間にもまた砲撃がそこら中に加えられまくっているが、これではどうしようもない。 「とにかく、狙撃している奴の始末が先決ね……」 一旦大きく深呼吸をして、酸素補給を強制終了させたハルヒは死角からでないように辺りの様子を探る。 相手は何者なんだ? この状況でハルヒを狙って攻撃してくる以上、砲撃を行っている奴と同じ連中だろうが。 ふとハルヒはぱんと手を叩く。同時に周囲に空中モニターっぽいものが映し出された。それらには黒ずくめ――特殊部隊とか ああいう格好をした連中が10人くらい映し出されている。全員、手に銃を持ち何かの指示を出し合っていた。 手際よく無駄のないその動きは、やはりプロそのものだ。 「あっ……!」 その中の一人の顔を見て、俺は思わず声を上げてしまった。年齢の読みづらい美人女性。格好は軍隊でもあの顔だけは 変わるわけがない。森さんだった。 ハルヒはそんな俺を見逃さない。すぐに問いつめてきた。 「どうやら知っている人がいるみたいね。今はあんたの主張なんて聞いている暇はないからとっとと教えて」 「ああ、古泉の同僚って言っていた人だよ……俺の世界での話だがな。ちくしょう!」 俺は屋上の床を拳で殴りつける。 森さんは古泉と同僚、そして古泉は機関の主流派に属しているはずだ。ってことは森さんも主流派であると考えていいわけで、 彼女が襲撃に荷担していると言うことは、今無差別大規模攻撃+狙撃を行っているのは機関主流派ってことになる。 どういうわけだ。あれだけハルヒの平穏を望んでいたのに、何でこんな事をしている……! 「全部片づけてくるわ。あんなのがうろちょろしているとこっちもやりづらいから」 「…………」 俺はハルヒがその超人的な力で屋上から襲撃者に向かって飛びかかっていくのを止めるどころか、言葉一つ吐けなかった。 主流派の攻撃。機関はハルヒの排除を決断した。この事実は確定した。 ……なぜだ? なんでだ? ほどなくして、銃撃戦が階下で始まる。激しい銃声と小さな爆発音があちこちで起こり、ハルヒと機関の激しい戦いが 容易に想像できた。 砲撃は相変わらず激しく続き、街の大半が廃墟に変わろうとしている。 俺はもうするべき事も、したいことも思いつかず呆然としているだけだった。 十分程度立ったぐらいだろうか。軽い足取りで誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえる。ハルヒか? だが、屋上の入り口に現れたのは、黒ずくめの襲撃者一人だった。すぐに俺の姿を見つけると、手にした短銃を俺に向け 立つように声をかけてきた。 その声にも聞き覚えがある。 「新川……さんですか?」 少し老いているが力強く威圧感のある声。あの執事を演じていた新川さんのものだ。 だが、初めてあったはずの俺の問いかけに動揺一つ見せることなく、さらに立て!と叫ぶ。俺はどうすることもできず、 両手を上げて立ち上がり…… 次の瞬間、新川さんは糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。その背後からハルヒの姿が現れる。 その手には一人の北高制服の人間が抱えられていた。 ハルヒは新川さんをまるで粗大ゴミでも投げ捨てるように、蹴り飛ばし離れたところに追いやった。 さらに脇に抱えていた人間を俺の方にぞんざいに投げつけてくる。 「邪魔者は全部排除してきたわよ。ついでにこいつもいたから拾ってきた。言いたいことがあるなら今の内に言っておきなさい。 ついでに使えそうな情報を持っていれば聞き出しておいて。あたしはまた砲撃阻止に入るから」 「……やあどうも」 それは古泉だった。俺は自分の意思よりも先に感情でそいつの頬を思いっきりぶん殴る。 その勢いそのままに胸ぐらをつかみ上げ、 「おい! これは一体どういう事だ! 今すぐわかりやすく説明しろ! でなきゃ屋上から突き落としてやる!」 「…………」 俺の脅迫に古泉は黙ったままなぜか腕に付けている時計をちらりと見た。俺はその態度に苛立ちを募らせ、 さらに数回同じ言葉とともに、古泉の身体を揺さぶる。今更何を隠し事しようってんだ。 やがて古泉は観念したようなため息を吐いて、 「……機関は決断しました。涼宮さんの排除をね」 「なんでだ? お前らはハルヒが何の変哲もなく一生を過ごすことを望んでいたんじゃないのかよ!」 「そうです。その通りです。しかし、それは手段であって目的ではありません。目的を達成するための条件が変化した場合、 手段は変化します。当然のことだと思いますが」 「目的? ならお前らにとってハルヒは手段に過ぎない――」 俺は自分で言っていて気が付いた。そうだ。その通りだ。機関にとってはハルヒは手段でしかない。 俺の世界でもここの世界でも、機関の目的は世界の安定 ハルヒが明るい笑顔で過ごせる毎日を作ることはそのために必要だった――これは目的を実現するための手段だ。 だが、目的は変わらなかったが、ハルヒの力の自覚という状況が変化した。これにより、情報統合思念体はハルヒの排除に動く。 おっとハルヒだけではなく、この地球そのものを滅ぼすって事が重要だ。つまりハルヒの存在は、世界の安定には貢献しない。 むしろ害をなすものへと変わってしまった。なら手段は変わる。 「情報統合思念体――TFEI端末はこう言いました。涼宮さんが力を自覚した。だからこの星ごと抹消すると。 ですが、そんなことをされるのは勘弁願いたい。機関の主流派――いえ、機関全ての人間の意識は固まりました。 涼宮さんを排除して、情報統合思念体にはそれでこの星の破壊だけはやめてもらう。機関は情報統合思念体の役割の肩代わりを 申し出たんですよ」 その方法ってのがこの無差別砲撃とハルヒの暗殺か。 「ええ、その通りです。この星の抹消だけはどんな手段を使っても阻止しなければなりません。だから、機関が代わりに 涼宮さんとその影響下にある人間を抹殺するんです。幸い情報統合思念体はそれでも構わないと言ってくれたようですね。 ならば迷う必要なんてありません」 「影響のある人間……だと?」 「そうです。涼宮さんは無自覚かどうかは知りませんが、周辺の人に何らかの影響を与え続けています。 身近な例を挙げるなら、ほらちょうどここにいいサンプルがいるじゃありませんか」 古泉は両手を上げて自分をアピールした。ああ、なるほどな。ハルヒの影響を受けた人間――つまり超能力者もそれに 含まれるって訳だ。もちろん、俺の世界でいたあの中河のように、何だかしらんうちに影響を受けていた例もあるだろう。 情報統合思念体はハルヒだけに飽きたらず、そう言った人たちまで消さなきゃ気がすまんのか。 ……まさかそのために地球ごと抹殺しようとしているのか? 古泉はやれやれと手を振って、 「その通りです。もともと彼らにとって僕たち地球人類なんて大した価値を持っていないのでしょう。 逆に危険性が認められれば、一律削除が容易に可能と言うことです。そこまでする必要があるかどうかなんて考えずに、 全ての危険性を排除するために全人類の抹消を行うんです」 呆れてものも言えん。情報統合思念体ってのはそこまで冷酷非道なバカ野郎どもだったのか。 で、地球全滅だけは避けたいから、せめてハルヒ+その周辺の一般市民丸ごと虐殺で手を打ちませんか?って機関が 提案したんだな? ……もう一発ぶん殴って良いか? 「それは勘弁していただきたいですね。それにあなたは機関の決断に反発しているようですが、他に選択肢があったとでも いうつもりでしょうか? 機関は最悪の事態をさけるために、必死の思いでこの苦行を行っているんですよ?」 「こんな行為を受けいれられるほど、俺は落ちぶれちゃいないんでね……!」 古泉と俺のやり取りの間も、ハルヒは必死に砲撃を全て食い止めていた。だが、北高周辺から出れないのであれば、 こんな水際阻止を続けていても何の意味もない。ハルヒの体力もどこまで持つかわからないしな。 だが。 古泉――機関の決断とやらに、俺は反論できる材料は持っていない。あるのは世界のリセットだけだが、 それをばらすわけにも行かないのだ。そもそもそれは機関の世界の安定という目的とは明らかに乖離しているわけだし。 なら……どうすればいい? ………… ………… くそっ…… くそ、ちくしょうっ! 俺の無力さと頭の悪さを今ほど嘆いた時はない。 何も思いつかない。 逆に俺がハルヒとは何にも関わっていなかった場合、迷った上で人類全滅よりかは限定的大虐殺の方がマシだと 判断しちまいそうだ。 古泉は胸ぐらをつかんだままだった俺の腕を引き離すと、その場に力なく座り込む。 「いい加減、諦めたらどうですか? ここで仮に機関の攻撃をなんとかできたとしても、次に待っているのは 情報統合思念体による人類抹殺ですよ? どうやっても無駄なんです……何をやっても防ぎようがありません……」 完全に諦めモードか。ん、ちょっと待った。 「おい古泉。さっきハルヒの影響を受けた人間は全て抹殺って言っていたよな? それってお前も含まれるんじゃないか? それでいいのかよっ!?」 俺の指摘に古泉はすっと顔を下に向けて、 「機関からはあとで回収するって言われていたんですけどねぇ……。予定時刻はとっくに過ぎているんですが、 全くその気配はありません。これは担がれたと見るべきでしょう。僕もその抹殺対象リストにきっちり含まれていたと」 「お前……」 こいつも結局巻き込まれただけって事かよ。どっちかというと被害者か。そして―― 「あんたのやったことはいたずらに他人を巻き込んだだけだったってことよ」 ハルヒから図星を付かれる。 俺は全力で否定したくなったが、何も口が動かなかった。内心ではそうだと受け入れているからだろう。 疲れ切った足の重みに耐えきれず、俺も古泉の横に座り、 「すまねぇ……お前を巻き込じまって」 そんな俺の謝罪に古泉はその意味を理解できないようで、 「なぜあなたが謝るのでしょうか? どちらかというと僕の方があなたを巻き込んだようなものですよ?」 「違うんだ……それは違うんだよ、古泉……」 酷い脱力感。もう何もやる気がしない……なにも…… 「キョンっ!」 それを打ち破ったのはハルヒの一喝だった。見上げれば、ハルヒは仁王立ちで必死に砲撃の阻止に努めている。 そうだ。俺は何を諦めているんだ? まだ俺にはやれることがある。いや、こうなった以上、やることは一つしかない。 ハルヒによるこの時間平面のリセット。 「そうよっ! でもそれにはちょっと時間と準備がかかるわ! とてもじゃないけどこの状況じゃできそうにない。 だから一旦落ち着かせる必要があるの! だから協力して!」 「だが、何をすりゃいいんだ!?」 俺の問いかけにハルヒは、古泉の方を指差し、 「確認するけど、この攻撃は情報統合思念体と機関が協力して行っている、でいいのよね!?」 「え、ええ……そうですが……それが……?」 古泉はきょとんとした表情で答える。何をしようとしているのかわからないのだろう。当然だが。 「でもまだ何か隠している。そうよね!」 この指摘に古泉の表情が一変した。何だと? この状況下で一体古泉は何を隠しているってんだ。 ハルヒは続ける。 「こんな攻撃を続けていても、効率が悪い上に住民全部を抹殺なんて不可能だわ! だったら、これには別の意図があるってことよ! あたしの勘では、ただの陽動! 本当の攻撃手段は別にあるはずだわ! それにわざわざ外部と遮断して、さらに外側からはこの惨状が見えないようにしている! これには絶対に意図があるはず!」 「……どういうことだ、古泉!」 俺は再び古泉の胸ぐらをつかみ上げる。 もう俺の腹は決まった。ハルヒの時間平面のリセットを実行する。そのためには、これ以上の邪魔を入れるわけにはいかない。 古泉の顔は答えるべきか迷っているように見える。とにかく吐かせるしかない。 俺は何度も答えを求めて古泉に問いつめるが、一向に口を割ろうとしない。そんな中、ふと気が付く。 古泉がまだ時計を気にしていることに。迎えの予定時間は過ぎたって言うのに、今更何を…… 「そうか。この先に何かが起きるんだな? それも一瞬にしてお前らの手段を実現できる方法ってやつが!」 「……くっ」 これを指摘して、古泉はようやく勘弁したらしい。苦渋のうめきを漏らしつつ、 「考えてみてください。突然、街一つが消滅するような事態が起きれば、世界の人たちはその原因を知りたいと思いますよね?」 「ああ、そうだな」 「だから、納得できる理由が必要なんですよ。なぜこの惨劇が起きたのか、少なくても表面的な理由が」 俺は回りくどい古泉の説明に苛立ち、一発頬をぶん殴ると、 「それは何だと聞いているんだ! とっとと答えやがれ!」 「核ですよ」 古泉の回答は俺の脳内に激しくこだました。 核。核って核兵器のことだろ? あの大量破壊兵器。あれを使って町ごと吹っ飛ばす気か!? だが、ハルヒは意外と落ち着いた様子で、 「そんなことだろうと思ったわ。この砲撃はあたしを誘い出すための補強策って訳ね。この攻撃の阻止に夢中になっている間に どかんとやってしまおうと。危うく引っかかるところだったわ」 「その……通りです。冷戦崩壊に伴って行方不明になっていた核弾頭を機関の方で保管していたんですよ。 こういった事態がいつ起こっても良いように。事前砲撃は周辺から見えるわけにはいきませんからね。 そのためにTFEI端末の力を借りています。そして、核でこの周囲を一掃後、全世界には核によるテロが発生したと 発表して――それで終わりです。ああ、起爆予定時刻はあと五分後、いまさら解除は不可能ですよ? 僕はどこに仕掛けられているのかも知りませんから聞き出そうとしても無駄です。例え解除できたとしても、 次に待っているのは人類滅亡ですから余り推奨もできません。ハハハハ……」 古泉の表情は自暴自棄になっていることを伺わせた。そりゃそうだ。もうすぐ自分は死ぬんだからな。 もう何もかもぶちまけてやけくそになってしまいたいのだろう。 だが、礼を言うぞ。これでリセットのチャンスができた。 「ハルヒ! 五分でできるのか!?」 「十分よ!」 ハルヒは目を閉じて意識の集中に入る。情報操作――時間平面のリセット。現状、俺たちができることはこれしかなくなった。 古泉は状況が変わったことに感づいたのか、 「な、何をする気なんですか!? さっきも言いましたが、万一これを乗り切ったとしてもさっき言ったとおり……」 「古泉」 俺はうろたえる古泉の肩をつかんで顔を寄せる。 「まず謝る。巻き込んで済まなかった。お前をこんな目に遭わせたのは、ハルヒじゃなくて俺だ。 俺がそうハルヒにやれっていったんだからな。だから憎むなら俺を憎んでくれ」 「何を言って……」 時間がない。古泉の言葉なんて聞いている暇はないので一方的に続ける。 「その上で確認したい。お前はハルヒや俺と出会って過ごした日々はどうだった? 嫌々続けていたのか、それとも 機関の仕事だからと言う理由で無機質に付き合っていただけか?」 「……いえ。この際だから本音でしゃべらせてもらいますが――その間は自分の仕事も忘れるぐらいに楽しかったです。 いっそそのまま何も考えることなく、あなたや涼宮さんと一緒に楽しく過ごせたらなと思ったほどでした」 それだ、それが確認したかった。 同時に俺はハルヒの方へ振り返り、 「おい、ハルヒ! お前はどうだった? この数週間楽しかったか!?」 ハルヒはしばし考えたのかワンテンポ遅れて、眉をひそめたまま、 「ええ! そうよ! 久しぶりに楽しく過ごせたわ!」 そう言い返してきた。不満が篭もったようないいっぷりだったが、こないだ聞いた話から考えて本音と見て良いだろう。 俺もそうさ。SOS団のある元の世界に比べれば、1割にも満たない満足度だが、決してつまらない日々じゃなかったぞ。 再度古泉を向かって、 「約束させてくれ。絶対にこの罪滅ぼしはさせてもらう。俺の世界じゃ、お前――機関とも仲良くやっていたからな。 この世界も絶対にお前やその他もろもろがハルヒを一緒に笑って過ごせるものにしてやる。絶対の約束だ!」 俺の断言に、古泉は唖然と口を開いたまま言う。 「あなたは……一体誰なんですか?」 俺か? 俺はな…… 「俺はお前や宇宙人――情報統合思念体や未来人が一緒に仲良く共存している世界からやって来た異世界人さ」 そう宣言したとたん、ハルヒを中心に猛烈な強風が吹き始める。 いったんはさよならだ、古泉…… 世界が暗転し、俺の意識も闇へと落ちていった―― ◇◇◇◇ どのくらいの時間が経ったのだろうか。俺はひんやりとした床が方に当たっていることに気が付く。 目を開けてみれば視界に広がるのは、あの灰色の部屋、そしてどこに出もあるような教室の床。 そうか。リセットをかけてここに戻ってきたのか。ハルヒが潜伏場所にしている時間平面の狭間とやらに。 俺はゆっくりと起き上がった。 ふと気が付く。ハルヒが団長席――俺の世界ではだ――に突っ伏して眠っていることに。俺が起きたことに全く気が付かず、 可愛らしい寝息を立て眠りこけていた。あれだけの大仕事を一人でこなしていたんだから、疲れて当然か。 風邪を引くのかどうかわからんが、念のため制服の上着をハルヒの上に掛けてやった。 俺はパイプ椅子に座り考える。 結局の所、機関を作った世界は失敗に終わってしまった。これは認めなければならない。 しかし、古泉を俺たちの仲間内に引き込んだことは間違いじゃなかった。ただ時間がなかっただけで、 もっと時をかけて信頼を醸成していけば、必ず良い関係が築ける。 ――待っていろ古泉。絶対に楽しい日常が続く世界を作り上げてお前を仲間に引き入れてやるからな。 ~~涼宮ハルヒの軌跡 未来人たちの執着(前編)へ~~
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「うあぁっ!」 この間抜けな悲鳴が誰のものか。時間帯は早朝。場所は俺の部屋である。となると俺しかいない。しかし情けないと思うことなかれ。誰だって目が覚めた時に、半透明の人間がいたらびっくりするだろう?今日は妹が起こしにやってくるだろう時間より、つまり、いつもよりも早く目が覚めた。俺が目を開けたときに最初に見たものは、幽霊だった。 幾分か冷静さを取り戻してみると、幽霊の姿が馴染み深いものだと気づいた。 「スタプラ…?」 そう。その姿は、とある漫画のキャラクターそのままだった。原住民を連想させる筋骨隆々な姿。明らかに人間とはかけ離れた、薄く青い肌。そして俺を見据える真っ直ぐな眼は、漫画で見た「星の白金」そのままだった。…いよいよ、ハルヒパワーは俺にまで及んできたようだ。まさか俺がスタンドを持つことになるとは…。どうせならハーヴェストみたいなのが便利だなー、と日ごろから思っていたのだが。まあなんだかんだで厄介ごとには慣れている。とりあえず学校に行って古泉あたりにも聞こう。やれや… 『君のおっっぱいはっせっかいいち!』 突然携帯が鳴り出した。というか着信音が変わってやがる!…古泉に会う理由がもう一つ増えたようだ。さて、こんな時間帯にかけてくる人物は一人しかいないわけで。 「案の定かよ…」 ディスプレイ表示されているのは、ご存知、涼官ハルヒ。SOS団の団長様である。 「なんだ…朝っぱらから」 「ちょっと!私!超能力者になった!学校!来い!」 日本語を覚えたてのインド人のほうが、まだうまく話せるだろう。が、俺だって前述のとうり厄介慣れはしているんだ。どうやらこの様子だと、俺と同じ――つまり、こいつも『スタンド使い』のようだ。 「そんな事どうでも良いの!早く来いっていってんのよ!?」 「わかったよ!すぐ行く!」 さて家族たちが眼を覚まさぬ中、俺はひっそりとトーストを食べながら、これからの日々に不安と期待を抱くのであった。 やはり早朝というものは気分がいい。だからといって、これから起床時間を早めようとは思わないのだが。 俺はどちらかといえば、特別な力を持つ者の、補助的な位置が良いと言った(思った?)記憶がある。しかし、それが超能力が要らない、と繋がるわけでもない。「スタンド使いになりたい」という願いが一般的ではないにしろ、超能力をほしいと思う事は誰にでもあるだろう。俺はその願いを叶えてしまったのだ。正確には叶えられた、というのが正しいのだが。気分が良いに決まっているだろう?ああ、もちろん性的な意味でスタンドは使わないぜ?…そういった意味なら『メタリカ』のほうが良かったか。いまいち日常生活では役立ちそうにない『星の白金』を眺め、考える。 ようやく学校までたどり着く。こんな時間に来るのは熱心に部活動に打ち込むもの。もしくは只の馬鹿。それぐらいしかない。そのどちらでもない俺は(特に後者は違うと願いたい)ハルヒの靴を確認し…まあお決まりの部室棟へと向かった。 「遅い!」 文芸部…の物だったドアを開けた俺は、本人の確認もされず、いきなり罵声を浴びせられる。呼び出した張本人は、ホームポジションにどっかりと座っている。というか俺じゃなかったらどうするんだ。 「だってあんたしか呼んでないもん」 「ほかの皆は?」 「だってあんたに最初に見てほしかっ……なんでもないっ!」 あー、ゴニョゴニョいってちゃ聞こえやせんぜ?団長さん。 「うるさいっ!それよりあんた『見える』?」 「ああ?見えるって…」 まあ予想通りという奴だ。ハルヒに重なって見えるのは『黄金』に輝くスタンドだった。 「ゴールド・エクスペリエンス…」 「あんた知ってんの?」 何を隠そう、俺はジョジョの大ファンだ。なるほど、そういやお前の名前とあいつの名前…似てたな。 「ふふん。あんたとは話が合いそうね…って『見える』って事にはキョンきさま使えるなッ!」 答える必要はない。ゆっくりと俺の…いやとある海洋学者の物かもしれないものを出現させる。 「スター…プラチナ……ここまではっきりとした形でだせるとは……意外ッ!」 「きさまもおれと同じような…『悪霊』をもっているとは…」 「「………………………………」」 「フフ……」 「……フフフ…」 いや意外な奴と話が合うものだ…。しかもハルヒの読み込みっぷりも半端じゃない。これは久々に『語れ』るなッ! 結局、スタンドが使えるようになる、ジョジョ仲間が見つかる等のため語るだけで時間が過ぎていった。いやそれはそれでとても楽しかったので良かったのだが。授業中に、冷静になり考え直すと、かなりの異常事態の気がする。とりあえず古泉にメールで相談したのだが、 From,古泉 件名,Re 本文.スタンドってなんですか>< イラッとくるメールでした。 To,古泉 件名,Re 本文,簡単にいえば超能力 まあこういう他ないよな…。一般人が考える超能力としては何かずれている気がするが…。 From,古泉 件名,Re Re Re 本文.おや…あなたも僕の世界に来ますか…? 歓迎しますよ! 決して歓迎されたくはない。 To,古泉 件名,Re Re Re 本文,いや、お前とはまた違う能力だ あいつの誘いを華麗にスルーしてやらないとな。 別の意味で『男の世界』な気がしていやな気がする。 From,古泉 件名,Re Re Re Re Re 本文.ようこそ………『男の世界』へ………… 知ってんじゃねーか!! 急に背筋に冷たいものを感じる。絶対あいつはベーコンレタスだ。これだけは確信を持てる。 To,古泉 件名,Re Re Re Re Re 本文,放課後に 長門のごとく、みっじかい文章で話を強制終了。その後、「僕の下もスタンドです」のようなメールが着たが、きっと、スタンド攻撃を受けているのだろうと思いたい。 いつも思うのだが、睡眠ってある意味タイムマシンじゃね? 早朝から叩き起こされたおかげで、睡魔の猛攻撃を喰らい、あっという間に放課後へと。 「待っていましたよ」 俺は本当の『紳士』である。いつだって、ドアにノックは欠かさないし、朝比奈さんへの感謝も欠かさない。その他にも、いろいろと忍耐強く、面倒見のいい人間である。でもさ、キレてもいいだろ?今朝のことからメールのこと、朝比奈さんのエンジェルボイスを期待したのに、エセ紳士が微笑みながら前かがみで見つめてくれば。しかも、頬を赤らめて。 「とりあえず殴らせてくれ」 「いやですね。ジョークですよ」 そう言った古泉は姿勢を正し、ハハハと、とって付けたような笑い声をもらした。部室には今現在、殴れば人を殺せそうな本を読む、寡黙な宇宙人、そして可愛らしいメイドさんが、困惑した顔をしている。後は目の前に立つ、気持ち悪い(きもいじゃないぞ!)エスパー少年、そしてこの俺。平たく言うとハルヒ以外がそこには集まっていた。 「はっピーうれピーよろピクねー!!」 「ハルヒ、おまえなにしてんだ」 やたらご機嫌な団長殿が、鼓膜を破りそうな勢いでドアを開けた。まあご機嫌な理由はわかるが、もう少しドアをいたわってやれ。壊しかねん。 「うっさいわねー、こんなもん壊れるほうが駄目なのよ!」 と言った矢先に、ドアが音を立てて崩れ落ちた。…実際そこまで大げさなものではないのだが、とにかくドアは完全に外れてしまっている。金具から壊れているので、修理すれば何とかなるって問題じゃないだろ。 「おいおいどうするんだ?」 「…ど、どうしよう…キョン」 意外にも、壊した本人は責任からか、非常にあせっている感じだった。しかしまあ、どうする事もできまい。今年度の部費は、これの修理に使われるかな。 「まあ任せてください」 と古泉。こっちに向かってウインクを投げかけてくる。この上なく気持ち悪いのだが、俺としては古泉が何をするかのほうが気になってしょうがなかった。 「行きますよ……ふんもっふ!」 例の気持ち悪い叫びと共に、古泉はドアを殴った。いや正確には、古泉から出現したスタンド、『クレイジー・ダイヤモンド』がドアを殴った。するとドアはするすると元の位置に戻っていく。そして、完全に元通り。 「まさか…お前もか」 「ええ、僕も…そして後ろの二人もです」 ……な、何だってー! そりゃあ驚きは隠せない。某漫画風にも叫びたくなるさ。SOS団全員スタンド使いとはな。…恐るべしハルヒパワー、といったところか。ここからは割合させてもらうが、まあハルヒが馬鹿騒ぎしたのは言うまでもなかろう。ちまみに、まとめるならば、 涼宮ハルヒ ゴールド・エクスペリエンス 朝比奈みくる ハーミット・パープル 長門有希 ストーン・フリー 古泉一樹 クレイジー・ダイヤモンド キョン スター・プラチナ となる。長門はお得意の情報操作とかで、自分の能力は良くわかっているらしいが、朝比奈さんに言って聞かせるのは困難であった。そういう意味では、戦闘向きではない能力を与えたハルヒにGJといってやりたい。そもそも、この事件の発端は、ハルヒの他愛もない妄想から始まり、たまたまその夢を見たため、らしい。正直、スタンドが欲しいなんて思ったのは、一度や二度ではない、今回の件についてはハルヒを責められんな。しかし妄想を現実にする力とか…。寿命一年縮むとかならまだしも無制限だぞ。この力が、中学生の男子に行き渡らなくて良かったとも思わせてくれたな…。 さてあれから数週間。 これといって日常には大きな変化はなかった。意外なもので、スタンドがあるからといって、寝転びながらリモコンが取れるとか、その程度の便利さであった。…後はタンスの裏に落ちたものをとるとか。しかし、そんな日常に大きな変化が訪れるとは…。 「ちょっといいですかキョン君…」 微妙に涙目で見上げてくるのは、SOS団の良心こと朝比奈さんだ。ちなみに時は放課後、場所は部室。いるのは俺とハルヒと朝比奈さん。なんとも意外な組み合わせだろうが、長門と古泉はさっさと帰ってしまった。どうも最近あいつらは仲がいいらしい。まあ古泉はノンケとして、長門は感情を持つという意味で、どちらのためにも良いことなんじゃないか。と、それはおいといて。 「どうしたんです?」 「何かあったの?」 ハルヒも不安らしく、少し困った顔で話に加わった。 「涼宮さんも聞いてくれると嬉しいです…」 ちょっと冗談ではない空気に、俺もハルヒも黙って話を聞くことにした。 「実は、最近つけられている気がするんです…ずっと見られてる感じがして」 ほう、何処のどいつだ?今すぐ血祭り、オラオラフルコースだ。3ページに渡ってやってやるぞ。 「ふーん、何処のどいつ?今すぐ血祭り、無駄無駄フルコース。7ページに渡ってやるわよ」 なんだか、ハルヒと全く同じ思考回路をしていたみたいだな。この際そんなことはどうでもいい。ストーカー野郎をフルボッコにするほうが先決だ。 「念写もしてみたんですけど…」 そういって、朝比奈さんは鞄から写真を取り出した…が、そこに写っているのは電信柱とかで、誰も写ってはいない。写真が存在するってことは、犯人は存在していることになる。しかし、これは一体どういう事か…いや考えるまでもない。 「スタンド使い…か」 写真の電信柱にはかすかに、歪みのようなものがあった。これは…つまり。 「…みくるちゃん?今日はあたし達が家まで送るわ」 「…あ、ありがとうごさいますっ」 透明になる能力…まさか俺が冗談で言ったことが、マジになるとはな…。 なるほど確かに。 俺は朝比奈さん、ハルヒと共に下校をしている。美人を二人連れて、両手に花状態でも、浮かれる場合ではなかった。明らかに痛いほどの視線が、背中に突き刺さる。そして、吐き気を催すほどの『邪悪』が。ハルヒもそれを感じ取っているらしく、真面目な顔で歩き続けている。あと少しで朝比奈さんの家らしい。そういえば初めて、朝比奈家を訪れることになるな。 「ここです」 と指差した先には、まあそこそこのマンション。長門のところほどではないが、女の子の一人暮らし?なんだ、オートロックなどは揃っていそうな感じであった。 「じゃあ、ここまでありがとうございました」 そういって朝比奈さんはエレベータへ乗り込み上の階に上がっていったのだ。何階に住んでるのかなんて知らないが、ひとまず俺たちに出来るのはマンションの敷地に入れないことだ。『奴』をな。 「出て来なさいよ」 ハルヒの呼びかけは虚しく、夕焼けの街に染みていった。マンションは高台にあるようで、町を見渡せるいい場所だった。きっとこのマンションの住人は得しているだろう。俺はこの風景をみると、どうも人の信頼関係を利用しようとした宇宙人が出てくる。何も真っ二つにしたうえで、エメリウム光線打たなくてもいいのにな。 「出て来いっていってんでしょう!」 語気を強めてハルヒがいうと、少し殺気というかなんというか、まあそんな感じのものが強くなった。俺はその殺気の元へと近づいていく。すると突然、腹に鋭い痛みが現れた。 「くっそたれ…大当たりかよ!」 予想通り。俺の腹からは、制服を突き破り、とがったナイフのような物が顔を出していた。つくづくナイフには悪い縁のある俺だな。と自嘲気味に笑った。がしかし、いきなり攻撃してしたってことは、方向は間違っていないようだ。 「スター・プラチナ…ザ…ワールド」 胃に穴が開く思いってのは、SOS団で散々したと思っていたが、実際はありえないくらい痛い。いやこの慣用句はそういう意味じゃないんだが。…俺が時を止めていられるのは、一秒弱。『メタリカ』は常に背景にとけこんでいる。じゃあ時が止まっているならどうか?周りの景色に対して透明になっているわけではないなら、そこに歪みが僅かに出来るはずッ! 「そこだッ!スター・プラチナッ!」 歪みに向かって拳を突き出す。鈍い音を立て、相手の顔の形が変わっていく。口の中でも切ったのか、血が拳に付着する。 「…時は…動き出すッ!」 殴った相手は大きく吹っ飛んでいき、公園のなかの砂場に飛び込む。幸い、公園には人影がまったく見当たらんな。 「…ッ!キョン?大丈夫!?」 砂場の土煙に気づいたハルヒが驚きの声を上げ、俺の傍による。正直、ぜんぜん大丈夫じゃない。腹が痛くてしょうがない。気を抜いたら即効で昇天しそうだ。 「…ハルヒ…すまん……ちょっとやべ」 「…ったいなぁ…君たちが、僕とみくるちゃんの愛を邪魔する権利はないはずだよ?」 おお、喋るのか。てっきり無口な奴かと思った。いかにもストーカーですっ!といった、ボサボサの髪の毛に、黒尽くめの服装。明らかにヤバイ奴である。酒の名前はついてないだろうが、それなりの迫力はあった。でもまあ、 「黙れよ…二度と喋んな」 俺の自慢の低音ボイスで相手を威嚇。意味はないかもしれないがな。先の攻撃はダメージこそ与えはしたが、致命傷にはならなかったようだ。奴の姿は消え、不気味な気配だけが辺りを包んだ。 「だいだいみくるちゃんを愛してるのは僕だし、愛せるのは僕だけなんだ」 「黙れ…とキョンがさっき言わなかった?二度も言わせるなんて、あんた馬鹿でしょ?みくるちゃんには関わらないで!」 「…君は誰だい?みくるちゃんと気安く呼ぶな!」 きっと攻撃がくると思いハルヒの前へ出る。当然、大量の剃刀を吐き出す結果になるわけなんだが。 「キョ、キョン!何やってんの!?」 仕方ねーだろ。無意識に動いていたんだ。そんな事に文句…言……やべぇ確実に鉄分足りねぇ。頭がボーッとしてきた。 「…ッ…いいかハルヒ…お前だ……お前がやるんだ」 「そんなことより早く血を作んないと!」 「すぐには間に合わん……俺じゃあ…あいつに止めをさせない…お前なんだ」 「何言ってんのよ!あんた死んじゃうのよ!」 ずっと泣きじゃくるハルヒを見るのは新鮮だったし、可愛かった。そうだ、まだ俺は死ぬわけにはいかん。SOS団の皆と、ハルヒと、思い出をまだ作んないといけないからな。 「いいか…俺はあいつを思いっきり殴ったんだ……血が出るほどにな」 「……!」 「どうしたの死んじゃうの?フヒヒ!死んじゃうんだぁ!」 例によってムカつく声を聞きながら、ゆっくりと俺は目を閉じた。 「キョンの『意志』は継がなくてはならない。あたし達が、笑ってまたSOS団を楽しむには、ここでこいつをたおさなくてはならないッ!わかる?あたしの『覚悟』が!」 あたしは、ひとまずキョンの血を作った。さてこれからどうするかだけど。…勿論やることは決まっている。キョンが残した、あいつの血からハエを作る。ハエの行き先からあいつの場所を特定しようと… 「知ってる?鉄分って誰でも持っているんだ。たとえ虫でもね!」 「分かんないの?あたしは確かな『意思』をもって動いてんのよ?」 迷わずにあたしは一方向へ。あらかじめ何匹ものハエを飛ばし、その中で最初にやられたハエの方向に走っていくだけ、方向は『大体』で構わない。 「意味ないんだよォォォォ!食らえッ!!」 あたしの伸ばした右手からはさみが飛び出そうとする。が、無駄。右腕を切り落とし、磁力で引っ張られるほうへと、確実にあいつに近づいていっているはずだ。後一歩…ここだッ! 「『覚悟』を持ってるんでしょ?あたし達を殺そうとするならねッッ!食らえ『ゴールド・エクスペリエンス』ッ!」 左の拳が届く直前に、腕に針やら、ナイフやらがこれでもかと作られた。当然の結果、この拳は届くはずもない。ゆっくりとあたしは崩れ落ちる。でも大丈夫…だって 「…『覚悟』はいいか?俺は出来てる」 ハルヒが崩れ落ちる瞬間。俺は再び時を止めた。ここまで追い詰めれば遠慮することはいらない。さて、3ページやらしてもらうかな 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーッ!!」 相変わらず、腹が痛むがとてもさわやかな気分だ! 「えへへ…ありがと…キョン」 「無茶しすぎだ!死んだらどうするんだ!」 「だいじょーぶ……ちゃんと生きてるじゃない」 「…それは結果論だろ?はぁ…」 「えへへ…」 「「やれやれだぜ」」 今回の件についてだが、結局犯人の身元は機関で預かるそうだ。まあ警察では裁けないからな。しかし、他にもスタンド使いがたくさんいると思うと寒気がしてくる。 さて、どうして俺が立ち上がったのかだが、答えは、最初から俺は気絶などしていなかったんだ。まあ、いわゆる死んだ振りって奴だ。…そこ、物投げない。大体、俺は目を閉じたとはいったが、気絶したなんて一言も言ってねえぞ。…だから物投げんなって。そもそも作者が頭悪い上に、文章力皆無なんだよ!だからな? 「すげー!サルが文章書いてる!」 ぐらいの気持ちでみてくれよ。な?
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「ねぇキョン?」「ちょっと!聞いてるの?キョン!?」「それでねキョンはね、」「あっ!そうそう、キョンそれからね」「キョンっ!」「そう言えばキョンは…」「キョン明日はね…」「ねぇキョンは?」「ほらキョン!ちゃんと聞きなさい!」 ……まったく飯の時とか2人でテレビ見てる時位は静かにして欲しいな。 孤島の1件からハルヒと付き合う事になってしばらく経つ、授業中も、部活の時も、その後も、休日も、寝る前でさえ電話で、そう…ほぼ丸一日中俺と一緒にいるのに、なんでこいつは話題が尽きないのかね? まるでマシンガンやアサルトライフル…いやガトリングガンやバルカン砲だな…いや弾切れがある分羅列した銃器の方がましだな。こいつの話題は切れないしな。 「なぁハルヒ…何でお前はそんなに話題が尽きないんだ?こんなにずっと一緒に居るのによ。」 「ったく…たまに自分から口を開いたと思ったら…何よそれは?良い?あたし達はNTじゃないから、黙っていても分かり合えないのよ?」 ……そう言えばこの前一緒に某ロボットアニメを見たな… 「それにあたし達は恋人どうしなのよ!?お互いが一番に分かり合ってなきゃだめなの?それ位はアホキョンにでも分かるでしょ?だから、こうやって毎日毎日あたしが話してるのよ!」 なるほどな…でも俺もっと簡単に分かり合える方法知ってるぜ? 俺は無言でハルヒを抱き締めた。 「ちょっと…キョン!?」 ハルヒのヤツは、顔真っ赤にして抗議しながらも、俺に体を預けて大人しく抱き締められている。ったく…こうしてりゃ静かなんだけどな。 「……分かったわよ…じゃあこれからは、いつでも分かり合える様にこうして抱き締めなさい…良いわね……」 真っ赤にしてゴニョゴニョ言うハルヒは可愛いが……墓穴ほったなこりゃ… 終わり
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涼宮ハルヒの約束Ⅳ ■6日目 ├午前にみくるを選択し、S.O.S.会話で会話成功終了(S.O.S.団エンブレム)にする ├午後に古泉を選択し、難易度「普通にやれよ」でミニゲーム「渚のビーチバレー」で勝利 └夜にハルヒを選択 ※補足 午前にみくるを選択して、S.O.S.会話でドキドキ終了にするとCGが1枚追加される 朝比奈さん(大)エンドを見たい場合、好感度を変化させない為にみくるを選択しないor好感度を下げる為に退屈終了させること 涼宮ハルヒの約束Ⅴ ■7日目 ├選択肢「無条件というのは飲めないな」を選択 ├午前に好きなキャラを選択 ├午後にみくるを選択し、S.O.S.会話で会話成功終了(S.O.S.団エンブレム)にする └夜にハルヒを選択 ※補足 朝比奈(大)エンドを見たい場合、午後にみくるを選択してS.O.S.会話をしないor退屈終了にしておく 涼宮ハルヒの約束Ⅵ ■8日目 ├選択肢「朝比奈さんの上司ですか」を選択 └午後にみくるを選択し、ミニゲーム「ラブラブポーカー」で勝利 涼宮ハルヒの約束Ⅶ ■9日目 ├選択肢「キスをする」を選択 └みくるエンドへ ※補足 選択肢「キスをしない」を選択でCGが1枚追加される みくるの好感度が低い場合、朝比奈(大)エンドへ 涼宮ハルヒの約束 Topページへ
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『涼宮ハルヒのプリン騒動』 ―最終日― 昨日は酷い目にあったな。まさか鶴屋さんまでがあんなことをするなんて思ってなかったぜ。 それにハルヒも……あんなに怒るとは思わなかった。 まさかハルヒも俺のこと……いや、まさかな。さすがにそんな都合のいいことはないだろう。 鶴屋さんのおかげというべきか、とりあえずなんとか機嫌がよくなったみたいで一安心だ。 ……今日は何もないよな?順番的には長門の番な気もしないではないんだが。 いやいや、長門だぞ?いくらなんでも長門はそんなことしないだろ。いや、頼むからしないと言ってくれ。 なんてことを考えながら部室のドアをノックするも、中からは何も反応がない。 鍵は……開いてるな。ということは? 案の定、部屋の中では無口な宇宙人が一人黙々と読書にふけっていた。 「よう。長門だけか。……他のやつらはまだか?」 「そう」 軽く挨拶を交わしながら、いつもの席へと腰を下ろす。 背もたれに思いっきり寄りかかり、伸びをしながら大きく欠伸をついた後、再び視線を正面に向ける。 「……うおっ!?」 すると、いつの間に移動したのか、目の前に長門の姿があった。 「い、いきなりはびっくりするからやめてくれ。なんだ?」 長門はそっと右手を差し出す。……長門、お前もか。 「これ、プリン」 おいおい、長門さん?俺がいくら間抜けでもここでこのプリンに手をつけることはありえないぜ? 「プリン、いらない?」 「あ、ああ、遠慮しとくよ。長門が食べていいぜ?……お前のプリンなら、な」 「そう、なら食べる」 そう言うと再び自分の指定席に戻りプリンを食べ始め―― バタンッ!! やっぱりこのタイミングで来たか。危ないところだったぜ。 「あら、今日は有希とキョンだけ?……ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 「な、なに言ってんだ?俺じゃないぞ。長門だ。ほら、見ろ」 そう言って長門の方を見ると、確かにプリンを食べている。うん、おいしそうに食べてるな。 「あんたこそ何言ってんのよ?あれはあたしのじゃないわ。有希の自分のプリンじゃない?そうじゃなくて……」 ハルヒは俺の方を……ではなく、俺の目の前にあるプリンの空き容器を指差す。 ……なんだこりゃ? 「それのことよ!今日鶴屋さんからもらってものすっごく楽しみにしてたのに!」 ちょっと待て!なんでだ?さっきまでこんなのなかったはずだ。……まさか!? 長門の方をちらっと見ると、微かに笑っているように見える。 くそっ、あのときか。さっき長門が差し出したプリンはフェイクだったってわけだ。……やられた。 「落ち着けハルヒ。確かに何故かこれは俺の目の前にあるが、食べたのは俺じゃないんだ!信じてくれ」 「……有希、どういうこと?」 「私は食べてない。誓う」 くそっ、長門。お前までそうやって俺をいじめるのか?……そろそろ泣いてもいいか?俺。 「ほら、キョン。有希はこう言ってるわよ?」 「違う、俺じゃないんだ!……そ、そうだ。これはきっと古泉の陰謀だ。古泉が食べたに違いない」 「……なんでそこで古泉くんが出てくるのよ。根拠でもあるの?」 「それはないが……俺の勘だ。だが間違いない。いや、もはや超能力と言ってもいいかもしれん」 などと苦し紛れに言ってみたところでどうなるものでもないし、誰かが助けてくれるわけでもない。 「何言ってんのよ。あんたなんかに超能力使えるくらいなら今ごろ宇宙人が服着て歩き回ってるわよ」 いや、そこに服着てプリン食ってる宇宙人がいるんだ。まじで。 しかし、これが今目の前にこうしてある以上、どう考えても俺が不利だ。 どうすりゃいい。落ち着け、クールになれ、キョン。 「あんたが今食べたんでしょ!?早く謝りなさいよ。今なら土下座で許してあげられるかもしれないわ」 かもって、お前。絶対許す気ないだろ。 その時、天啓とも言うべき考えが俺の頭の中に閃いた。 いつまでも泣き寝入りばかりしてる俺じゃない。見てろよ、長門。 「わかった、ハルヒ。……今から俺じゃないってことを見せてやる」 「どうするつもり?」 「このプリンの容器を見てもらおう。……空だ。中にはスプーンが入っている」 「それがどうかしたの?普通じゃない。あんたが食べたから空なんでしょ?」 「俺が言いたいのはそうじゃない。……このスプーンを見てくれ」 「それがなんなのよ?普通のスプーンじゃない」 「確かに普通だ。だが俺はこれを使っていない。ということは、これは長門が使ったスプーンだ!」 「そ、それがなんだって言うのよ?」 「くっくっくっ、甘いな長門。甘すぎる。このプリンより甘いぜ」 「……やっぱあんたが食べたんじゃない」 「あ、いや、違う。今のは口がすべった。じゃなくて言葉のあやってやつだ。……俺は食べてない」 ここで俺は再び長門の方に視線を移す。 長門は何事かといった表情で俺の目を見つめ返している。 「これは長門が使ったスプーンだが、長門はこれを俺が使ったと言い張るんだよな?」 長門はじっと見つめたまま微動だにしない。俺はそれを肯定と受けとる。 「なら例えば、……そうだな。俺がこのスプーンを今から舐め回しても文句はないよな?」 「あ、あんた。……なんて恐ろしいことを……」 「ハルヒも俺が食べたと思ってるんなら文句ないよな?」 「そ、そうだけど。……でももしそうじゃなかったら……」 もらった。完璧だ。少なくともこれでハルヒは疑心暗鬼に陥るはず。ノン・リケットってやつだ。 どうだ長門?さすがにこれで俺の勝ちだろう。 そう思って長門の方を振り返ると、……なんと、長門が笑っていた。 うっすらと微笑みを浮かべるというレベルではなく、明らかに笑っていた。 「甘いのはあなた。甘すぎる。CoCo壱の甘口カレーよりも甘い」 ……いや、CoCo壱の甘口カレーって別にそんなに甘くないだろ。 なんてツッコミを入れている場合じゃなかった。 「私は誓ってそのプリンを食べていない。だからあなたがそのスプーンを舐めたとしても私には一切の不都合を生じない」 「いやいや、待てよ。だってこれは――」 「そして、仮にあなたの言うようにこれを私が食べたのだとしても私には不都合が生じない。困らない」 どういう意味だ? 「もし私の使ったスプーンをあなたが舐めたいというなら、……むしろ望むところ。それでも……」 長門は本を置いたうえで、立ち上がり、体ごとこちらに向き直る。 「それでもあなたが自分の言うことが正しいと言い、スプーンを舐めるというなら、それはもはや変態と言うべき」 「そ、そうよ!どっちにしろそんなことするなんて変態よ!」 なんてことだ。よくわからんがこのままスプーンを舐めると俺がただの変態ということになってしまう。 くそっ、どうすりゃいい。きっとまだ方法は――、そうだ!!この手があった。 「わかったハルヒ。これから証明してやる」 俺は立ち上がり、ハルヒの方へと近づく。 「な、なによ。……なんのつもり?」 俺はハルヒの肩に手を置き、いつか言ったあのセリフを再び口にする。 「あのな、ハルヒ。……俺、実はポニーテール萌えなんだ。」 「は、はぁ?」 「いつだったかのお前のポニーテールは、反則的なまでに似合ってたぞ」 「ちょっ、えっ?その言葉!?そんな、なにこれ?どういうこ――」 そう言って、いつかのときと同じように、ハルヒと唇を重ねる。 しばらくそのままの状態で固まった後、どちらからでもなく、二人同時に離れる。 「……どうだ?プリンの味なんてしなかっただろ?」 「そ、そうね。プリンの味はしなかったわ。……でも、……とても甘かったわ……」 「そうだな。俺も甘かった。……大好きだ、ハルヒ」 そのままハルヒを引き寄せ、ギュッと抱きしめる。 「……あたしもよ、キョン。……大好き」 「ハルヒ。……もう一回、キスしてもいいか?」 「えっ、こ、ここで?……そりゃ、あたしはいい――」 「外でして」 いかん、長門がいるのすっかり忘れてた。 「す、すまん長門。出るよ」 「そ、そうね、ごめん、有希。じゃああとよろしくね」 そうしてハルヒと二人で部室を出る。 後ろで「惜しかった」と聴こえた気がしたが、おそらく気のせいだろう。 惜しかった?なんのことだ? 「今日もあのケーキ屋に行くか?」 「今日?……うーん、あたしん家は?あたしがプリン作ってあげるわ」 「ホントか?あれうまかったらから楽しみだ。」 そうして二人でハルヒの家へと向かう。 ん?その後どうなったかって? もちろん、プリンとハルヒはおいしく頂いたさ。 ◇◇◇◇◇ 『涼宮ハルヒのプリン騒動』 ―最終日(裏)― 「うまくいった」 「さすがに長門さんですね」 「そうですねぇ。私もドキドキでした。これからお二人はどうするんでしょうねぇ」 「ふふっ、そんなこと決まってるじゃありませんか」 「あんなことやこんなこと」 「ものすごい抽象的ですね……それで伝わっちゃうのもすごいですけど」 「まぁどちらにしても僕たちの仕事は終わりですね。お二人が仲良くして頂けるというのは良いことです」 「でも少しつまらない」 「それは私もちょっとありますよねぇ。お二人をこうやって見てるとおもしろかったですし」 「まぁそううまくばかりもいきませんし、そのうち何かあるかもしれませんよ?」 「……朝比奈みくるで遊ぶという手もある……」 「……な、長門さん?何か言いました?」 「何も」 「朝比奈さんで遊ぶ手もある、と言ったんですよ!」 「……なんでそんな強気なんでしょうか?……やめてくださいよ」 「まぁそれもそのうち計画を立てておきますよ」 「そのうち」 「やめてください。……それにしてもキョンくんがスプーン舐めたらどうするつもりだったんですかぁ?」「……問題ない」 「実はですね。……あのプリン、僕が食べたんです。つまりあのスプーンも僕が使ったものです」 「昨日頼んだのはこのこと」 「えっ、ええぇぇ!?古泉くんが?な、なんのためにそんなことを?」 「仮に彼がスプーンを舐めた場合に後でショックを与えるため」 「ちなみに長門さんは彼との会話で一切嘘は吐いてませんよ。それも驚きました」 「……ひ、ひどい。キョンくん立ち直れなくなっちゃうところだったんじゃ……」 「というのは建前。本当の理由は別にある」 「おや、どういことでしょう?それは僕も聞いていませんね」 「実は……」 「実は……なんですかぁ?」 「実はあのスプーンは私があらかじめ舐めていた」 「な、なんということです!?」 「ほぇぇ、すごい展開になってきました」 「つまり僕は長門さんの舐めたスプーンを知らずに使っていたというわけですか……」 「ちなみにその後、私がもう一度舐めた」 「……やっぱり最終的には長門さんだったんですねぇ」 「……じゃあ僕と長門さんは知らないうちにかなりディープな間接キスをしていた、というわけですか……」 「そう」 「ひえぇぇ、まさか裏でそんなことになってしまってたなんて、びっくりですぅ」 「間接の次は直接しなければならない」 「って、ええぇぇ!?それは長門さん、いくらなんでも……」 「いえ、そのとおりです。ここまできてしまったからにはもはや直接以外に選択肢はありませんね」 「ない」 「……もうどうでもいいですぅ、好きにしてください……」 「では長門さん、これから二人でプリンでも食べに行きましょう。二人で」 「……行く。二人で」 「ちょっと『二人で』を強調しすぎじゃないですか……?別にいいですけど……」 「では朝比奈さん。またいつか会いましょう」 「はい。……もうツッコミませんよ」 「……いつか」 「はあぁ、一人になっちゃいましたぁ」 「そんなことはないっさ!」 「えっ、あれ、鶴屋さんですか?」 「そうさ、みくるが一人きりになっちゃったもんで遊びに来たのさ」 「そうですかぁ。ありがとうございます。……ってなんで知ってるんですかぁ!?」 「そりゃそうさ。なんせハルにゃんとキョンくん、有希っ子と古泉くんがくっつくように仕向けたのはこのあたしさ」 「ふぇっ、どういうことなんですかぁ!?」 「やけに計画が出来るの早すぎだと思わなかったかい?まるで最初っから全部出来てたみたいにさ?」 「そ、それは……確かに、おかしいかなぁ、とはちょっと思いました」 「あたしが全て計画を予め考えておいたのさっ。そしてそれを有希っ子と古泉くんに指示してたってわけさ」 「えっ、そうだったんですかぁ?」 「そしてこの計画の裏の目的は実は有希っ子と古泉くんをくっつけることにあったのさっ!」 「つ、鶴屋さん。あなたはなんてことを。涼宮さんとキョンくんはおとりだったなんて……」 「そして二つのカップルを作ることの真の目的は、こうやってみくるを一人ぼっちにすることなのさ」 「そ、そんなぁ。鶴屋さんひどいですぅ……」 「うっひゃっひゃっひゃ。面白いほど簡単にいったさ。ハルにゃんとキョンくんがくっついた後だったしね」 「そ、そんな……、どうしてそんなことを?」 「ふっふっふ。あたしの最終的な目的はここでそのプリンを頂くことっさ!」 「えっ、プ、プリンですかぁ?ここにはないですよぉ?」 「あるじゃないかい。……そこにでかいプリンが、それも二つも」 「ふえぇ、ま、まさか鶴屋さん、それをねらってたんですかぁ!?なんですかぁ、その手は?」 「へっへっへ、じゃあみくる、覚悟はいいかい?……答えは聞いてないにょろ!」 「ひええぇぇぇぇ!!!誰か助けてぇぇ!!」 「諦めるっさ!もうこのあたりには誰もいないよ」 「つ、鶴屋さぁん……許してくださいぃ。……………………なんて言うとでも思いましたかぁ?」 「なっ!?み、みくる?どういうことだい?」 「うふふっ、鶴屋さんはこのために二人をくっつけようとしていたみたいですね」 「そ、そうさ。うまくいったじゃないかい?」 「残念ですが古泉くんと長門さんはすでに付き合ってたんですよぉ?」 「な、なんだって!?……じゃああたしのやったことって……」 「それに実は私と二人っきりになるのもこんなことする必要もなかったんですよ」 「み、みくる?……まさか?」 「鶴屋さんがなかなか言ってこないから、引っかかったふりまでしちゃったじゃないですかぁ」 「じゃ、じゃあ全部わかってやってたのかいっ?なんでわかったさ!?」 「うふふっ。もう決まっていることなんですよ?……まぁそんなことはどうでもいいじゃないですかぁ」 「……そうだね。あたしたちもプリンでも食べに行くかいっ?みくるプリンは後にとっておくさ」 「そうしましょう。私も楽しみにしておきますぅ」 「あっはっは!大好きだよ、みくる」 「私もずっと鶴屋さんが好きだったんですよぉ?」 「気付かなくてごめんにょろ。……さぁ行くっさ!」 「はぁい、行きましょう」 「それにしても……なんでみくるにばれちゃったんだろうね……?」 「うふふっ。……禁則事項ですっ!!」 涼宮ハルヒのプリン騒動 ―完―